ツィバロン奏者 斉藤浩のブログ

ツィンバロン奏者 斉藤浩のブログです。日々のことを少しずつ書いています。コンサート情報や、感想なども。

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気づけば5年目。「平和のコンサート」と、ユニセフから届いた手紙。

みなさん、こんにちは。

2022年からスタートした、戦時下の子どもたちの命を救うための『平和のコンサート』。気がつけば、もう5年目に入りました。ここまで続けてこられたのも、いつも応援してくださるみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。

コンサートのたびに、みなさんには募金のお願いをさせてもらっています。お預かりした大切な募金は、その都度すぐにユニセフに送金して、現地の子どもたちのもとへ届けてもらっています。

でも、戦争は今も続いています。罪のない子どもたちが「これからどうなっちゃうんだろう…」って将来に不安を感じるだけでなく、今この瞬間も、命そのものが脅かされる本当に危険な状況が続いています。

実は先日、ユニセフから一通のお手紙(ユニセフレター)が届きました。そこには、僕たちが絶対に知っておかなければいけない、今のリアルな現実が書かれていました。少し長くなりますが、大切な内容なのでシェアさせてください。


【ユニセフからの手紙に書かれていたこと】

いま世界中で紛争や災害が重なって、食べものの値段がどんどん上がっています。そのせいで、生きていくために必要な栄養がとれない子どもたちが急増しているそうです。

特にショックだったのが、紛争などのせいで「1,200万人以上の子どもたちが、重度の急性栄養不良になっていて、まさに今、命の危機に直面しているということ。5歳未満の子どもの、4人に1人が満足に食べられていないのが現状です。

さらに悲しいことに、国際社会からの援助が減ってしまったことで深刻な資金不足になり、現地の栄養センターが閉鎖に追い込まれるなど、支援の現場はかつてないほどの逆風の中にあります。それでもユニセフは、子どもたちが飢えや栄養不良で命を落とすことが絶対にないように、今できる最大限の支援を続けてくれています。


この手紙を読んで、本当に胸がギュッと締め付けられる思いがしました。私たちが日本で暮らして、音楽を楽しめている間にも、1200万人以上もの小さな子どもたちが、飢えと戦いながら必死に生きようとしているんです。

世界がどんなに大変な状況でも、子どもたちの命が奪われるようなことだけは、絶対にあってはならないと思います。

僕が続けている『平和のコンサート』は、世界全体から見れば小さな活動かもしれません。でも、みなさんが託してくれた温かい気持ちは、確実にユニセフを通じて現場に届いて、子どもたちを支える「最後の砦」になっています。

未来ある子どもたちの命を守るために、僕はこれからも音楽を通して、いま起きていることを発信し続けていきたいです。

次回のコンサートでも、またみなさんの優しい力を貸していただけたら嬉しいです。一緒に支援の輪を広げていきましょう!

一日も早く、世界中の子どもたちに心からの安心と笑顔が戻りますように。

ツィンバロン奏者 斉藤浩

2026年07月09日

YouTubeで全曲公開中!大河ドラマ『べらぼう』の音楽世界に浸りませんか?

みなさん、こんにちは!

今日は音楽好きの皆さん、そして大河ドラマファンの皆さんに、とっても耳寄りな(正式には太っ腹すぎる!)情報をお届けします。

実は今、YouTubeの『ジョン・グラム - トピック』チャンネルにて、NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』のオリジナル・サウンドトラック(完全盤)が全曲無料公開されています!

もちろん、あの圧倒的な臨場感で幕を開けるメインテーマ『Glorious Edo』からスタート。劇中のあの名シーン、涙したあの場面を彩った名曲の数々が、なんと全88曲すべて聴くことができます。

�ご試聴はこちらのYouTubeプレイリストからどうぞ!【YouTube】大河ドラマ『べらぼう』オリジナル・サウンドトラック 完全盤 プレイリスト

2025年7月8日『ありがた山のコンサート』にて。ジョンさんとともに。

ツィンバロンは、ピアノの先祖とも言われるハンガリーの打弦楽器。大編成のオーケストラの中に、このツィンバロンの独特でどこか妖艶、かつエネルギッシュな響きが巧みに組み合わされていて、江戸の躍動感や陰影を表現しています。
メインテーマをはじめ、劇中のさまざまな楽曲に私の演奏した音が散りばめられています。

・「あのシーンのバックで流れていた、ちょっと不思議で美しい金属的な音は何だろう?」

・「このドラマの緊張感を高めている音の正体は?」

そんな風に、ぜひ「ツィンバロンの音色探し」をしながら、じっくりと耳を傾けてみていただけたら嬉しいです。僕自身も、ヘッドホンでこの全88曲のプレイリストを聴いていると、スタジオでのレコーディングの緊張感や、当時のいろんな思い出がブワッと駆け巡ります。

2026年07月08日

七夕の日に短冊に込めるツィンバロン奏者の願い

皆さん、こんにちは。ツィンバロン奏者 斉藤浩です。

今日は7月7日、七夕ですね。
皆さんはもう、願い事を短冊を書かれましたか?

毎年この日が来ると、子どもの頃のように少しワクワクした気持ちになりますが、今年、僕がひとりのツィンバロン奏者として短冊に書いた願い事は、とてもシンプルで、そして切実なものです。

「世界が平和でありますように」

なぜ、今この願いなのか。

実は今日、皆さんにお話ししたい大切な友人がいます。ウクライナに住む、僕の音楽仲間であり大切な友達、セルゲイ(セルゲイ・ネヴェロフ)のことです。

先日、彼から切実なメールがきました。セルゲイは20年以上も第一線で活躍している素晴らしいアレンジャー(編曲家)です。実は彼は、アレンジャーとしてだけでなく、ボタンアコーディオンの専門家でもあります。その演奏は本当に素晴らしく、演奏活動だけに留まらず、普段はさまざまなスタイルの編曲を取り入れながら、地域の子供たちに音楽を教えている、本当に心優しい、優れた音楽家なのです。

しかし、そんな彼から届いたメールには、今のウクライナの過酷な現実がこう書かれていました。

「今のウクライナの状況はなかなか良くならず、ものすごいインフレのせいで、普通に生活していくのもかなり厳しくなってきている。だから、新しく仕事のチャンスを探しているんだ」

彼は、子供や初心者向けのシンプルな曲から、プロ向けの高度なオーケストラ編成まで、どんな楽器の組み合わせでも素晴らしい楽譜にすることができます。

メールの最後には、「もし周りに編曲を必要としている人がいたら、僕の連絡先をシェアしてもらえると本当に助かる。ヒロシがやっているツィンバロンと僕のアコーディオンのデュオのためにも、ぜひ特別なアレンジをしてみたい」とも書かれていました。

戦火の中で、子供たちの未来のために音楽を教え続け、そして必死に生きようとしている友達。なんとかして、彼の音楽活動を支えたい。日本にいる僕にできることはないだろうか。今、そんな思いで胸がいっぱいです。

実は、僕が演奏しているこの「ツィンバロン」という楽器は、ウクライナでもロシアでも広く愛され、使われている楽器のひとつです。さらに目を向ければ、今まさに緊迫した状況にあるイランにも、イスラエルにも、名前や形は違えど、同じルーツを持つ「打弦楽器」が存在します。

僕には、ウクライナにも、ロシアにも、イランにも、イスラエルにも、たくさんの大切な友達がいます。

戦争が始まる前は、どの国の友達とも普通にメールのやり取りができていました。数年に一度開催される「世界ツィンバロン・コングレス(世界大会)」や、国際交流コンサートのステージで、国境を越えて笑顔で再会し、一緒に演奏することが当たり前のようにできたのです。

しかし、戦争が僕たちを引き裂いてしまいました。

今、こうして辛うじて連絡を取り合えているのは、ウクライナのセルゲイだけになってしまいました。他の国にいる仲間たちが今どうしているのか、無事なのかすら分からない状況です。

今、僕がこうして日本でツィンバロンの活動を続けてこれているのは、日本が『平和な国』だからに他なりません。音楽に没頭できる環境があること、それ自体がどれほど恵まれていて、奇跡のようなことなのかを、セルゲイの手紙を読みながら改めて痛感しています。

楽器のルーツをたどれば、僕たちはみんな繋がっています。国境や政治の壁を越えて、世界中の打弦楽器奏者が、また同じ場所に集まり、一緒に笑い合って、一緒に演奏できる日が必ず来てほしい。

ひとりのツィンバロン奏者として、そして一人の人間として。それが、今日僕が七夕の短冊に込めた本当の願い、『世界が平和でありますように』なのです。

【皆さまへのお願い】
もしセルゲイに編曲のお仕事をご依頼なさりたい方がいらっしゃったら、是非、僕までご連絡下さい。彼の連絡先をお伝えします。彼の素晴らしい才能が、日本の皆さんの音楽と繋がることを心から願っています。どうか力を貸していただけると嬉しいです。


セルゲイの子供達に向けた優しいまなざしをなんとか応援したい…

2026年07月07日

僕が考える、正しいツィンバロン文化の普及とは

皆さん、こんにちは!ツィンバロン奏者の斉藤浩です。
いつも温かい応援をいただき、本当にありがとうございます。

先日のブログで、インターネット上にある「実態のない名称や組織」について、少し注意喚起をさせていただきました。たくさんの反響をいただき、「正しい情報を発信することの大切さ」を僕自身、改めて深く実感しています。

今日は、僕がアジア人初のツィンバロン・ディプロマーシュ(正統な資格保持者)として20年間、この楽器と一緒に歩んできた中でずっと大切にしている、「文化を正しく伝える」ということへの想いをお話しさせてくださいね。


文化を広めるって、どういうことだろう?

ツィンバロンは、ハンガリーやスロバキアなどの中欧の深い歴史と、高度な学問に裏付けられた、本当に繊細で素晴らしい打弦楽器です。

僕たちがなすべき「文化の普及」とは、この楽器の美しい歴史を正しく伝え、本物の音色を聴いてくださる皆さんの心に届けることだと、僕は信じています。

決して、正規の音楽教育や国際的な資格を持たないアマチュアの集まりが、さも日本の公式窓口であるかのように「協会」や「会長」といった名ばかりの肩書きを作って、自分たちを大きく見せるための道具にすることではありません。
事情を知らない一般の方やメディアに「ここが日本の公式なのかな?」という誤解を与えてしまうような発信や、プロの現場を軽視するような行為は、文化を広めるどころか、むしろツィンバロンの健全な発展を邪魔してしまう重大な問題だと、僕は考えています。


アマチュアとプロフェッショナルの「大切な境界線」

僕は、ツィンバロンを趣味として愛し、純粋に楽しんでいる方々の活動を否定するつもりは全くありません!むしろ、この楽器を好きになってくれる仲間が増えることは、本当に嬉しいことです。

ただ、そこには絶対に曖昧にしてはいけない「境界線」があると思っています。

国際的な高等教育を修めてディプロマ(資格)を持ち、国家間の外交関係やプロのオーケストラ、研究機関との強い『信頼関係』の中で責任を持って音を届ける「プロ」の世界。そして、個人の趣味として純粋に楽しむ「アマチュア」の世界。この二つは、背負っている学術的な責任の重さが全く違います。

だからこそ、趣味のサークル活動がその実態を隠して、公的な「協会」を名乗ることは、社会的な誠実さに欠ける行為だと僕は思うのです。愛好会は愛好会として、純粋に楽器をみんなで楽しむ素敵な場であるべきですよね。


これからの日本のツィンバロン界のために

僕はこれまで20年間、在日ハンガリー大使館やリスト・ハンガリー文化センター、NHK交響楽団をはじめとするプロオーケストラ、そして僕の恩師である世界ツィンバロン協会会長のヘレンチャール・ヴィクトリア先生たちと、バトンを繋ぐように確かな『信頼関係』を築いてきました。

これからも、世界各国の第一線で活躍するヘレンチャール門下生たちとしっかり連携しながら、本物のツィンバロン文化を日本に正しく根付かせていきたいと思っています。

もし今後も、第三者が誤解するような不適切な名称が使われたり、客観的な事実に反する情報(「国内に一台しかない」「自分が第一人者だ」といった根拠のない誇大発信)が流されたりした場合は、僕は専門家としての立場から、いつでも毅然として事実を明確にし続けます。

日本のツィンバロン界が、愛好家の皆さんは愛好家として純粋に楽器を楽しみ、プロはプロとして責任を持って文化を引っ張っていく、そんな健全で美しい世界であってほしい。

ファンの皆さんに、これからも「本物の響き」を安心して楽しんでもらえるよう、僕はこれからも真っ直ぐに、情熱を持って発信を続けていきます!

いつも僕の音楽を信じてついてきてくれる皆さんに、心からの感謝を込めて。

ツィンバロン ディプロマーシュ
斉藤 浩

2026年07月06日

【新米観光大使のつぶやき】八雲の怪談を、ツィンバロンで曲にしてみたい! 

僕は、2026年3月10日に松江観光大使を拝命しました。
まだまだ新人ですが、「小泉八雲が愛した松江」を、自分の言葉でゆっくりと伝えていきたいと思っています。

小泉八雲は、明治23年に英語教師として松江に赴任し、およそ一年三か月この町で暮らしました。宍道湖の湖岸や松江城の周辺を歩きながら、人々の暮らしや風景に深く心を動かされたといわれています。

松江での暮らしのなかで出会ったのが、のちに妻となるセツでした。セツが語る出雲地方の怪談や民話は、八雲の想像力を強く刺激し、やがて『知られぬ日本の面影』や『怪談』といった作品へと結晶していきます。

八雲は松江を「神々の国の首都」と呼び、朝夕の光や水面の色、雨の日の静けさまで、五感をとおして丁寧に書き残しました。その文章を読むと、百三十年以上前の松江の空気が、今もそっとよみがえってくるように感じます。

その後、松江には小泉八雲記念館やヘルン旧居が整えられ、世界中から八雲ファンが訪れる町になりました。市としても「怪談のふるさと松江」を掲げ、怪談や八雲ゆかりの文化を観光の大きな柱にしています。

僕自身、松江城周辺を歩くたびに、八雲が耳を澄ませ、目を凝らしたであろう場所に足を止めてしまいます。この町の風や水の気配を感じながら歩いていると、八雲が見つめた松江と、今ここにある松江が、そっと重なり合うような気がします。そんな情景や気持ちをツィンバロンで曲にしてみたい…。

これから新人の観光大使として、八雲のまなざしと、僕のまなざしを重ねながら、「怪談のふるさと松江」の物語を、ツィンバロンの音色にして、やさしくお届けしていきたいと思っています。

2026年07月06日
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