斉藤浩のブログ

ツィンバロン奏者 斉藤浩のブログです。日々のことを少しずつ書いています。コンサート情報や、感想なども。

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低気圧と花粉と、ツィンバロン

あれだけ「暑い、暑い」と言っていた夏だったのに、季節は少しずつ動いているようです。

突然ものすごい雨が降ったかと思えば、その後は曇り空の日が続いたり……。

一昨日の夜の湿度には、さすがに参りました。

エアコンを除湿にすると寒い。
かといって切ると蒸し暑い。

「いったい、どうすればいいんだよ?」という感じです(笑)。


僕はもともと低気圧が苦手なのですが、こうした急激な気温や湿度の変化は、人間だけでなく楽器にとってもなかなか過酷な時期です。

僕が演奏しているツィンバロン(Cimbalom)は、大きな木製のボディーに130本を超える金属弦が張られています。

木と金属。

当然、それぞれが気温や湿度の変化から影響を受けます。

特に日本の夏から秋へ向かうこの時期は、気温だけでなく湿度も大きく変化します。演奏する僕自身の体調と同じように、楽器の状態にもいつも以上に気を配る季節です。

そして僕自身はというと、少しずつ体調は回復してきているように感じています。

ただ、どうやら相当な疲れが溜まっているようで、まだ身体が思うようについてこない日もあります。

焦って元に戻そうとせず、今は少しずつ。

……と思っているところへ、今度は秋の花粉症シーズンがやってきたようです(笑)。

最近はティッシュが手放せません。

とはいえ、花粉症については今のところ去年よりずいぶんマシ。

いや……これから本格的に始まるのかもしれませんが(笑)。

僕の場合、毎年いちばん大変なのが、街に金木犀(キンモクセイ)の香りが漂い始める頃です。

「ああ、今年もいい香りがしてきたなあ」

と思う一方で、僕の鼻も秋の到来を全力で知らせてくれます(笑)。

低気圧に、湿度に、秋の花粉。

人間にとっても楽器にとっても、なかなか忙しい季節の変わり目です。

また台風も気になる季節になってきました。

天候が急に変わることもありますので、皆さんもどうか早めの備えを。

僕もしばらくは、身体とツィンバロンの両方をいたわりながら、ゆっくり秋を迎えようと思います。

2026年09月17日

30年ぶりの再会から共演へ ~リコーダーとツィンバロン~

10月23日(金)、大阪・豊中市立文化芸術センターで開催されるコンサートのチラシが届きました!

今回出演させていただくのは、

『響きの花束 ~リコーダー・アンサンブル「ブーケ」10周年コンサート』
です。

今回ご一緒するリコーダーの水越美鈴さんは、大阪音楽大学時代の先輩です。

大学卒業後はそれぞれ別々の道を歩み、長い間お会いする機会がありませんでしたが、なんと約30年ぶりの再会&共演へとつながりました。

水越先輩も大学でのレッスンや後進の指導などでお忙しい中、こうして再び音楽を通してご一緒させていただけることを、僕もとても楽しみにしています。

考えてみれば、学生時代には、30年後にリコーダーとツィンバロンで同じステージに立つなんて、まったく想像していませんでした。

音楽を長く続けていると、こんな再会があるんですね。


今回、僕が出演する第2部は、

「日本初!リコーダーとツィンバロン DUOコンサート」

と題されています。

リコーダー × ツィンバロン。

どちらも長い歴史を持つ楽器ですが、この2つの楽器が一緒になると、いったいどんな響きが生まれるのでしょうか。

プログラムも、NHK大河ドラマ『べらぼう』の音楽をはじめ、「ダニーボーイ」「コンドルは飛んでいく」「竹田の子守唄」、ハンガリーの「星よ、星よ」など、国やジャンルを越えた内容になっています。

ツィンバロンという楽器そのものが、クラシックだけでなく中欧の音楽や民俗音楽、現代音楽など、さまざまな世界とつながってきた楽器です。

そこにリコーダーの音色が加わって、どんな「響きの花束」になるのか……。

僕自身、今からとても楽しみです。


コンサート情報

響きの花束
リコーダー・アンサンブル「ブーケ」10周年コンサート

日時
2026年10月23日(金)
13:30開演(13:00開場)

会場
豊中市立文化芸術センター 小ホール
阪急宝塚線「曽根」駅下車 徒歩約5分

入場料
一般 1,000円(当日1,500円)
全席自由
※未就学児のご入場はご遠慮ください。

第1部
リコーダー・アンサンブルステージ**

主宰・リコーダー:水越美鈴
リコーダー・アンサンブル「ブーケ」

賛助出演:
「さくら」リコーダーアンサンブル
「槻の木」リコーダーアンサンブル
リコーダーアンサンブル「古都」

第2部
リコーダーとツィンバロン DUOコンサート

リコーダー:水越美鈴
ツィンバロン:斉藤 浩
ピアノ伴奏:AYANA

Program

・NHK大河ドラマ『べらぼう』より「Freedom」ジョン・グラム
・「ダニーボーイ」
・「コンドルは飛んでいく」D.A.ロブレス
・「竹田の子守唄」
・「星よ、星よ(Csillagok, csillagok)」
・「Geampara」
ほか


約30年という時間を越えて再会した大学時代の先輩との共演。

大阪方面の皆さま、ぜひ会場でリコーダーとツィンバロンの響きをお楽しみください。

僕もツィンバロンと一緒に大阪へ参ります!!

2026年09月16日

30年以上をともにしてきた、もうひとりの相棒

この秋は、ハンガリーのツィンバロンだけではなく、ハンマーダルシマー(Hammered Dulcimer)を演奏する機会も多くなります。

ハンガリー語では、イール・ツィンバロン(ír cimbalom)と呼ばれる楽器です。


僕は2011年から、東日本大震災をはじめとする被災地で復興支援活動を続けてきました。

その中で、このハンマーダルシマーを現地へ持って行き、たくさんの方々に聴いていただきました。

この秋の公演でも、ただ演奏するだけではなく、この楽器の音色とともに、僕が被災地で自分の目で見て、経験し、そして教えていただいたことをお話ししたいと思っています。

「震災とは何なのか」
「復興とは何なのか」

もちろん、僕にその答えが分かるわけではありません。

ただ、被災された方々が、その後どのように現実を受け止め、新しい生活へと歩いてこられたのか。その姿を間近で見てきた者として、お伝えできることはあるように思っています。

そして僕自身も、社会人になるわずか2か月前、阪神・淡路大震災で被災しました。

あの瞬間の恐怖は、30年以上が過ぎた今でも、はっきりと記憶に焼き付いています。

建物が倒壊するほどの大きな地震。その瞬間に感じる恐怖というものは、実際に経験したことがなければ、なかなか想像できないものなのかもしれません。

今年も熊本で大きな地震被害がありました。そして今でもスマートフォンから地震速報の音が鳴るたびに、「またか……」と心配になります。

だからといって、震災を経験したことのない方に、

「僕は震災を経験したんだぞ」
「僕は復興支援活動をしているんだぞ」

そんな押しつけがましい話をするつもりは、まったくありません。

むしろ伝えたいのは、その先のことです。

突然、それまで当たり前だった日常を失った人たちが、そこからどのように現実を受け止めてきたのか。僕自身も含めて、どんな思いを抱えながら、その後の時間を生きてきたのか。

それを音楽と一緒に、できるだけ分かりやすくお伝えできればと思っています。

そして、実際に被災地で演奏してきた曲も、この秋のプログラムに入れています。

僕はツィンバロンやハンマーダルシマーのような打弦楽器の響きには、不思議な力があると感じています。

「魂に響く」というのか。
それとも「魂が癒される」というのか。

金属の弦を小さなバチで打った瞬間に生まれ、空間へ静かに広がっていく響きには、言葉とは違う方法で人の心に触れる何かがあるような気がするのです。

10月に入ると、松江市内の小学校や公民館での公演が始まります。

そして10月27日には、能登半島地震で大きな被害を受けた石川県珠洲市へ向かいます。

今回の写真で弾いているハンマーダルシマーは、実は僕にとって、とても大切な楽器です。

阪神・淡路大震災で僕自身が被災した時にも、この楽器は幸い被害を免れました。

それから30年以上。

楽しい時も、大変な時も、この楽器を弾き続けてきました。そして東日本大震災の被災地にも、この楽器と一緒に何度も出かけました。

古い楽器になりました。

でも、僕にとっては単なる「楽器」ではありません。

このハンマーダルシマーもまた、30年以上を一緒に歩いてきた、僕の大切な相棒のひとりです。

この秋も、この相棒と一緒に、いろいろな場所へ音を届けに行きます。

2026年09月15日

姉妹都市・松江と珠洲。その「ご縁」を神話からたどってみる

松江市美保関地区が、9月4日、国の「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」に選定されました。

美保関は、美保神社や青石畳通りをはじめ、古くからの港町の面影が今も残る地域です。

そして、この美保関には、僕にとって今、とても気になっているもう一つの「ご縁」があります。

それが、石川県珠洲市とのつながりです。

美保関町と珠洲市は姉妹都市として交流を重ね、現在は松江市と珠洲市の交流へと受け継がれています。

僕は来月27日、能登半島地震からの復興への願いを込めたコンサートのため再び珠洲市を訪れることになっています。

その準備を進めながら、ふと思いました。

「そもそも、美保関と珠洲は、なぜこれほど深いご縁で結ばれているのだろう?」

そこで一昨日、島根県立図書館へ行ってきました。

島根県立図書館で借りてきた3冊。美保関と能登、そして出雲の神話について調べています。

郷土資料室のスタッフの方にもお手伝いいただき、今回借りてきたのが写真の3冊です。

『島根の神々』
『図説 出雲の神々と古代日本の謎』
『環日本海 謎の古代史』

こうして3冊を並べてみるだけでも、なんだかワクワクしてきます(笑)。

今回、僕が特に知りたいと思っているのは、「くにびき神話」をはじめとする出雲の神話や伝承から見た、美保関と能登とのつながりです。

神話というと、はるか昔の物語のように感じます。

けれど、地名や土地に残された伝承を一つひとつたどっていくと、日本海を隔てた島根と能登の間に、昔からさまざまなつながりが語り継がれてきたことが少しずつ見えてきます。

まだ勉強の途中なので、今の段階で「こういうことです」と結論を書くつもりはありません。

むしろ今は、本を読み比べながら、

「あれ? ここもつながるの?」

「これはどういう意味なんだろう?」

と、ひとつずつ確かめているところです。

これが、実に面白い!!

僕は今年、松江観光大使になりました。

松江の魅力を発信することはもちろん大切ですが、それ以前に、僕自身が松江のことをもっと知らなければいけないと思っています。

そして、松江と珠洲がこれからも姉妹都市として素晴らしい関係を築いていくためには、まず僕自身が、両地域がどのような歴史や「ご縁」で結ばれてきたのかを知ることから始めたい。

それも、松江観光大使として僕にできることの一つではないかと思っています。

来月、僕はツィンバロンを持って珠洲へ向かいます。

ただ演奏しに行くだけではなく、「なぜ松江から珠洲へ音楽を届けるのか」

その意味も、自分なりにきちんと理解してから訪れたいと思っています。

それにしても…

神話や伝承の世界から二つの地域の関係を少しずつ読み解いていくと、なんだかワクワク、ドキドキします。

さて、もう少し勉強してみよう!!

2026年09月14日

3年前の今日、僕は高野山にいました

ちょうど3年前の今日、僕は高野山にいました。

父が他界したあと、供養をしていただくために訪れた高野山です。

あの頃は、父がいなくなったということを、まだ自分の中でうまく受け止めきれていなかったように思います。

「3年前の高野山。父の供養、そして初めての写経。」


高野山では、普賢院というお寺に泊めていただきました。

翌朝、朝のお勤めに参加し、そのあと父の供養をしていただきました。

静かなお堂の中で手を合わせながら、いろいろなことを考えていたのを覚えています。

そして、そのあとに初めて体験したのが「写経」でした。


初めての写経は、約3時間

初めて書いたのは、般若心経。

これが、まあ時間のかかること(笑)。

一文字一文字、見本を見ながら慎重に書いていたら、全部書き終えるまでに3時間近くかかりました。

でも、不思議なんですよね。

大変だったはずなのに、嫌にはならなかった。

むしろ、ただひたすら文字を書いている時間が、とても心地よかったんです。

松江に帰ってきてから、

「父の供養のために、1年間続けよう」

と、自分で決めました。

それから毎朝5時に起きて、写経をすることが僕の日課になりました。


毎朝5時、般若心経を書く

最初は何時間もかかっていた般若心経一巻も、毎日続けていると、だんだん慣れてきます。

最終的には、だいたい1時間20分くらいで書けるようになりました。

それを約1年間、毎朝。

父の供養のために始めたことではありましたが……

まあ、途中からは完全にハマっていたんだと思います(笑)。

本当なら、硯に墨をすって、本物の筆を使って……。

そこまでできれば格好いいんですが、毎朝となるとなかなか大変なので、僕は筆ペンを使っていました。

ただ、そこは凝り性の僕で…。

日本で販売されている筆ペンメーカーのものを、ほぼ片っ端から試しました(笑)。

太さ、筆先の柔らかさ、墨の出方、紙に触れたときの感覚……。

いろいろ試していくうちに、ちゃんと、

「僕にはコレ!」

という一本も見つけました。

こうなると、もはや写経なのか筆ペン研究なのか、よく分かりません(笑)。


父のためだった写経が、自分のために

あれから3年が経ちました。

今はもう、毎朝5時に起きて写経をする生活ではありません。

でも、心がざわついたとき、気持ちが落ち着かないときには、今でも僕は写経をすることがあります。

父の供養のために始めた写経が、いつの間にか、自分自身の心を落ち着かせるための時間にもなっていました。

無心になって、ただひたすら一文字、一文字を書いていく。

そうしていると、頭の中を占領していたいろいろなことが、少しずつ遠くへ離れていくような感覚があります。

そして僕は、写経をしていると、ときどき不思議な感覚になります。

自分が抱えている悩みや心配事も、もっともっと遠くから眺めてみれば、この広い宇宙の中にある小さな出来事なのかもしれない。

広い宇宙の中にいる、ひとつの存在としての自分を取り戻せるような気持ち。

うまく説明できませんが、僕にとって写経には、そんな時間があります。


いつか、もう一度高野山へ

3年前の今日。

父の供養のために訪れた高野山で、何気なく体験した初めての写経。

まさかそれが、その後1年間も毎朝続ける習慣になり、さらに3年経った今でも、自分の心を落ち着かせてくれるものになるとは思っていませんでした。

始めたきっかけは、父でした。

でも父が残してくれたものの一つとして、今では写経そのものが僕の中に残っているような気もします。

3年前とは、僕自身もずいぶん変わりました。

いろいろなことがありました。

それでも、無心になって般若心経を書いていると、3年前の高野山で初めて筆をとったときの静かな時間を、ふと思い出します。

いつかもう一度、高野山へ行ってみたい。

今度あの場所に立ったとき、自分は何を感じるんだろう。

そんなことを、3年前の写真を眺めながら思った今日でした。

2026年09月13日
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