サントリーホール サマーフェスティバル。
現在はこの名称ですが、2008年当時は「サントリー音楽財団 サマーフェスティバル2008 MUSIC TODAY 21」として開催されていた、あのサントリーホールが誇る夏の終わりの「現代音楽の祭典」です。
僕は帰国してから、このフェスティバルに4回呼んでいただきました。
僕はもともと現代音楽が好きなので、出演のお話をいただくたびに、
「今度はどんな奏法が使われているんだろう?」
「ツィンバロンがどういう編成の中に入っているんだろう?」
と、毎回楽しみにしていました。
現代音楽の場合、楽譜を開いて初めて見る特殊奏法が書いてあったり、「こんな音をツィンバロンから出すのか」と驚かされたりすることもあります。
そういうものも含めて、僕にとっては面白いのです。
ところが…。
これまで送っていただいたツィンバロンのパート譜の中で、譜面を見た瞬間に本当に顔面蒼白になった曲が、一曲だけあります。
それが、2008年にプログラムされていたステファーノ・ジェルヴァゾーニ作曲、
《Irrene Stimme, inizio di partita》
(イーレネ・シュティンメ)
でした。
本番は2008年8月29日、サントリーホール大ホール。
杉山洋一さんの指揮、東京都交響楽団、独奏ピアノはバハル・ドルドゥンジュさん。この作品の日本初演でした。
半年前に届いたパート譜
まず驚いたのは、パート譜が本番の半年くらい前に送られてきたことです。
普通なら、
「ずいぶん早いなぁ」
と思います。
ということは、
「これは、よほど大変な曲なんじゃないか……?」
そんな予感がしました。
そして譜面を開いてみると…。
まさに、その通りでした。
僕はこれまでにもかなり難しい現代作品を演奏してきましたが、この曲は別格でした。
単純に音符が多いとか、テンポが速いとか、そういう難しさだけではありません。
ツィンバロンという楽器そのものに、とても重要な意味が与えられている作品なのです。
ピアノの「もう一人の自分」としてのツィンバロン
この作品の中心にいるのは独奏ピアノです。
そして作曲者ジェルヴァゾーニは、そのピアノに対してツィンバロンを最初の「エコー」、あるいは alter ego――もう一人の自分、分身のような存在として置いています。
さらに、その向こうにはスティールドラムがあります。
つまりツィンバロンは、オーケストラの中にちょっと珍しい音色を加えるために置かれているのではありません。
民族的な雰囲気を出すためでもありません。
作品の構造そのものに深く関わっているのです。
曲の中では、まずピアノの低音から、まるで嘆きのような下降する動きが現れます。
そこへ「内なる声」が入り込んでくる。
その声は次第にオーケストラ全体へ広がっていき、最後には独奏者であるピアノそのものをのみ込んでいきます。
そして、その過程の中で現れるのが、ピアノとツィンバロン、そしてスティールドラムとの対話です。
ツィンバロンはピアノの音を受け取りながら、ピアノとは違う響きに変えて返していく。
言ってみれば、独奏ピアノの心理的な「もう一つの声」のような役割です。
10本の指から、2本のバチへ
ここ。
これが、本当に難しかったんです。
ピアノは両手10本の指で演奏するじゃないですか?
そのピアノから渡される音を、ツィンバロンはたった2本のバチで受け取り、さらにそれを次へと受け継いでいかなければならない。
しかも、その部分が恐ろしいほど速いんです。
右手と左手が常にバラバラの動きをしながら、とんでもないテンポで音をつないでいかなければなりません。
ピアノから飛んでくる音を聴き、それを受け取って、自分の音として返す。
理屈としては分かります。
でも、
「10本の指で弾かれたものを、こっちは2本のバチで受け取るんですよ?」
という話です(笑)。
ただ自分のパートを正確に弾けばいいわけでもありません。
ピアノが何をしているのか。
その音をどう受け取るのか。
自分が出した音が、その次にどこへ向かっていくのか。
指揮を見ながら、独奏ピアノを聴き、オーケストラ全体を感じ、その中で自分の音をコントロールしなければならない。
もちろん、そんなことを本番中に文章で考えている余裕なんてありません(笑)。
目の前には、とんでもなく難しい譜面があります。
それを弾くだけでも必死です。
この曲は、技術的な難しさと音楽的な難しさが完全に重なっている。
そこが、本当に恐ろしいところでした。
本番前日に「金づちで弾いてほしい」
そして、この曲にはもう一つ、忘れられない出来事があります。
なんと本番前日になって、ジェルヴァゾーニさんから、
「ツィンバロンを、小さい金づちのようなもので演奏してほしい」
という指示が出たのです。
「えっ、明日本番なんですけど……」
ですよ(笑)。
そんなバチ、当然持っていません。
さすがに困りました。
そこで東急ハンズへ行き、自転車のスポークを買ってきました。
それを曲げて形を作り、持ち手の部分にはビニールテープをぐるぐる巻きにして、即席の金属製バチを自作しました。
そんなバチ、それまで作ったことなんて一度もありません。
現代音楽をやっていると、ときどき演奏家なのか工作員なのか分からなくなることがあります(笑)。
でも、作曲者が求めている音がある以上、何とかしなければならない。
結局、その自作の金属バチを使って本番を演奏しました。
「内なる声」が迷い始める
題名の《Irrene Stimme》という言葉も、とても興味深いものです。
ドイツ語の “Innere Stimme”――「内なる声」を思わせながら、そこにirre や irren という、「狂った」「迷う」「道を誤る」といった意味を持つ言葉が重ねられています。
「内なる声」が少しずつ迷い始める。
自分の中にあったはずの声が、いつの間にか自分では制御できないものになっていく。
そして外へ、さらに外へと広がり、最後には自分自身をのみ込んでしまう。
そんな少し不気味で、不思議な世界を持った作品です。
今になって改めてこの曲を考えてみると、
「ああ、だからツィンバロンだったんだな」
と思います。
ツィンバロンはピアノと同じように弦を持つ楽器ですが、音の生まれ方はまったく違います。
ピアノではハンマーが機械的なアクションを通して弦を打ちますが、ツィンバロンでは奏者自身がバチで直接弦を打ちます。
鋭いアタック。
そのあとに広がる金属弦の残響。
ピアノにどこか似ている。
でも、決してピアノではない。
その「似ているけれど違う」という距離感そのものが、この作品では必要だったのかもしれません。
そして、地獄のエンディング
そして、この曲のエンディング。
これがまた、とんでもないんです。
音の多さに、もうぶっ倒れそうでした。
何が大変かというと、毎拍、連符の数が変わるんです。
譜面を見ると、とにかく真っ黒。
しかも、ただ細かい音符が並んでいるだけではありません。
その連符の中にアクセントが入っている。
普通なら、
「ここが1拍目、ここが2拍目……」
と、拍の頭を頼りにして演奏できます。
ところが、そのアクセントが連符の中に入り込んでくるので、単純なカウントだけでは拍の頭を取ることができない。
譜面は真っ黒。
連符の数は毎拍変わる。
アクセントまでその中に入り込んでいる。
弾きながら、
「今、どこだ?」
なんて一瞬でも思ったら、おそらく終わりです(笑)。
本番では、とにかく自分に、
「いっちゃえ、いっちゃえ!!」
と暗示をかけながら演奏しました。
たぶん、あの時の僕は目が血走っていたと思います(笑)。
2008年8月29日、サントリーホール
2008年8月29日。
サントリーホール大ホールで、東京都交響楽団の中に座って、この作品の日本初演を演奏しました。
最後の音までたどり着いた時には、とにかくホッとしました。
演奏後にはジェルヴァゾーニさんとお話しすることもできましたし、オーケストラの方々からも、
「大変だったねぇ」
と慰労の言葉をかけてもらいました。
おそらく皆さん、ツィンバロンの譜面がとんでもないことになっているのを分かっていたんでしょうね(笑)。
2008年8月29日、サントリーホール大ホールでの日本初演を終えて。左は作曲者ジェルバゾーニさんと。右はこの作品を演奏したツィンバロン。今でも、この日のことは鮮明に覚えています。
今でも迷わず、この曲です
もう18年近く前になります。
その後も僕は、たくさんの現代作品を演奏してきました。
クルタークをはじめ、本当に難しい作品にも数多く関わってきました。
それでも、
「今までで一番苦労した曲は?」
と聞かれたら、僕は今でも迷わずこの曲を思い出します。
ステファーノ・ジェルヴァゾーニ
《Irrene Stimme, inizio di partita》
まぁ、先にも後にも、僕が今まで演奏してきた曲の中で、ダントツに難しかった曲です。
本当に大変でした。
でも、これほどまでにツィンバロンという楽器の「音そのもの」が、作品の重要な意味を担っている曲を演奏できたことは、僕にとって、とても貴重な経験でした。
半年も前に真っ黒なパート譜が届き、それと格闘し続け、本番前日には東急ハンズへ走って自転車のスポークを買い、金属のバチまで作った。
そして本番では、
「いっちゃえ、いっちゃえ!!」
と自分を鼓舞しながら、最後まで何とか弾き切った。
今振り返ると、
「ああ、現代音楽をやっていたなぁ」
と思います。
楽譜に書かれていることを再現するだけではない。
時には演奏方法そのものを考え、道具まで自分で作り、作曲家が頭の中で思い描いている「まだ誰も聴いたことのない音」を、実際の音にしていく。
それもまた、現代作品を演奏する面白さなのだと思います。
そして何より、この作品では、ツィンバロンが単なる特殊な音色として使われていたのではありません。
ピアノから音を受け取り、別の響きへ変え、さらにその先へ渡していく。
ピアノの「もう一人の自分」として、この楽器が作品の中に存在していました。
だからこそ大変だった。
そして、だからこそ忘れられない。
あれだけ苦労したからこそ、18年経とうとしている今でも、僕にとって忘れることのできない一曲なのです。
2026年8月28日
ツィンバロン奏者 斉藤浩