斉藤浩のブログ

ツィンバロン奏者 斉藤浩のブログです。日々のことを少しずつ書いています。コンサート情報や、感想なども。

ブログ一覧

雨の一畑薬師へ。友人の優しさに感謝した一日

雨の日の一畑薬師の本堂、仏像、手水舎、目の石灯籠、彼岸花

雨の一畑薬師にて。静かな境内で、心と身体の回復を願いました。

この夏は、体調がすぐれない日がずっと続いています。

思うように身体が動かなかったり、目の疲れがなかなか取れなかったり……。やりたいことはたくさんあるのに、身体がついてこないことにもどかしさを感じる日々です。

そんな僕を気遣って、今日は友達が差し入れを持って来てくれました。そして、その後、一畑薬師へ連れて行ってくれました。

今日はあいにくの雨でしたが、雨に濡れた境内は、普段とはまた違う静けさに包まれていました。

濡れた石畳、深みを増した山の緑、苔を伝う水、静かに灯るお堂の明かり。そして境内には、鮮やかな彼岸花も咲いていました。

雨音を聞きながら境内を歩いていると、少しずつ心が落ち着いていくようでした。

一畑薬師は、「目のお薬師さま」として広く知られています。

演奏家にとって、目は楽譜を読み、楽器と向き合うための大切なものです。目の疲れが少しでも取れますように。そして、この夏から続いている体調不良が一日も早く回復しますように……。静かに手を合わせてきました。

けれど、今日いちばん心に残ったのは、僕の体調を心配し、差し入れを持って来て、ここまで連れ出してくれた友達の優しさでした。

誰かが自分のことを気にかけてくれている。そのことが、今の僕には何よりありがたく感じられます。

雨の一畑薬師で過ごした静かな時間。

少しずつでも身体を整えて、また元気に演奏できるようになりたいと思います。

今日という一日と、そばにいてくれた友達に、心から感謝します。

2026年09月26日

中秋の名月に、ツィンバロンで『雨降りお月さん』を

今日は「中秋の名月」。

一年の中でも、とりわけ美しい月を眺める夜です。

ところが今日の松江は、あいにくの天気。

夜空を見上げても厚い雲に覆われ、今年はどうやら松江から名月を眺めることは難しそうです。

でも、月が見えないからこそ、ふと思い出した曲がありました。

野口雨情 作詞、中山晋平 作曲の日本の童謡、

『雨降りお月さん』

です。

以前、僕自身のツィンバロン演奏でこの曲を録音し、PVを制作しました。

今夜の松江の空を眺めていると、この曲がなんとも似合うような気がして、久しぶりに聴き返してみました。


『雨降りお月さん』は、大正時代に生まれ、長い年月を経た今も歌い継がれている日本の歌です。

西洋のクラシック音楽やハンガリー、中欧の音楽を演奏する機会の多い僕ですが、日本の童謡や唱歌をツィンバロンで奏でることも大切にしています。

ハンガリーを代表する楽器ともいえるツィンバロン。

その響きで日本の旋律を奏でると、ピアノやほかの楽器とはまた少し違った景色が現れます。

たくさんの弦が共鳴し、ひとつの音を打ったあとにも余韻が残っていくツィンバロンの響きは、月や雨、風、水といった情景を描く日本の歌とも、不思議によく馴染むように僕は感じています。

ちなみに、今年2026年は今日9月25日が「中秋の名月」ですが、天文学上の満月は9月27日。

実は「中秋の名月=必ず満月」というわけではありません。

昔の人たちは、今のような明るい街灯もない夜に、どんな気持ちで月を眺め、そこからどんな歌や物語を生み出したのでしょうね…。

そんなことを考えるのも、十五夜の楽しみなのかもしれません。

今夜の松江から月を見ることはできなくても、その向こうには、いつもと変わらず月があります。

月が見えない中秋の名月。

そんな夜には、こんなお月見もいいのではないでしょうか。

雨音を聞きながら、ツィンバロンで奏でる『雨降りお月さん』。

1分40秒ほどの短い演奏です。

今夜はどうぞ、音楽と一緒に月を想像してみてください。

雲の向こうには、きっと美しい月が浮かんでいます。

2026年09月25日

松江と珠洲をつなぐもの|美保関と能登を結ぶ神話を訪ねて

今夜、返却期限を迎えた3冊を島根県立図書館へ。けれど、この本から始まった「松江と珠洲をめぐる旅」は、まだ終わりません。

2週間ほど前、松江観光大使交流会に出席する直前、島根県立図書館へ立ち寄りました。

目的は、10月27日に石川県珠洲市で開催するコンサートに向けて、「松江市と珠洲市のつながり」を調べること。

そこで出会い、借りて帰ったのが、この3冊の本でした。

そして今日が返却期限。
すっかり夜になってしまいましたが、図書館の返却ポストへ返しに行ってきました。

ところが、この2週間で調べれば調べるほど、話はどんどん深いところへ……。

最初は松江と珠洲について調べるだけのつもりだったのに、あまりにも情報量が多く、気がつけば僕自身が「神話の世界」にすっかり引き込まれていました。

そして、とても興味深かったことがあります。

神話や伝承をたどっていくと、島根半島の東端にある松江・美保関と、日本海の向こうにある能登・珠洲は、想像していた以上に深いつながりを持っていることが見えてきたのです。


2026年09月24日

「第一人者」とは誰が決めるのか|ディプロマーシュとの違い


音楽家について書かれた記事やプロフィールを読んでいると、ときどき「○○の第一人者」という表現を目にします。

僕自身も、これまで第三者から「ツィンバロンの第一人者」と紹介していただいたことがあります。

大変ありがたく、光栄なことだと思っています。

ただ、最初にはっきり書いておきたいことがあります。

僕はこれまで、自分から「ツィンバロンの第一人者」と名乗ったことは一度もありません。

なぜなら僕にとって「第一人者」とは、自分自身で決める肩書きではないからです。


「第一人者」は資格ではない

そもそも「第一人者」という資格が存在するわけではありません。

「第一人者認定試験」があるわけでもありません。

何年間活動すれば第一人者になる、何回演奏すれば第一人者になる、という基準もありません。

ある楽器を日本で早く始めたからといって、それだけで自動的に「第一人者」になるわけでもないと、僕は考えています。

第一人者とは、その人が長い年月をかけて積み重ねてきた仕事、演奏、専門性、その分野への貢献、そして周囲との信頼関係などを通して、

「この分野を代表する人の一人だ」

と、周囲から評価されるようになった結果として使われる言葉なのではないでしょうか。

だから、誰かが僕を「第一人者」と紹介してくださることと、僕自身が、

「私は第一人者です」

と宣言することは、まったく意味が違います。

前者は、他者からいただいた評価です。

後者は、自分自身に対する評価を、自分で決めることです。

僕は、この二つを同じものとして扱いたくありません。


「ディプロマーシュ」は、それとはまったく違う

ここは、一般の方には少し分かりにくいところかもしれません。

僕のプロフィールには、海外でツィンバロンを専門的に学び、ソリストとしてのディプロマを授与されたことを記しています。

これは「第一人者」とは、まったく性質の違う話です。

僕はハンガリー政府給費留学生としてブダペストで学び、その後スロバキアでもツィンバロンの専門教育を受けてきました。

そして、その教育課程と審査を経て、ソリストとしてのディプロマを授与されました。

これは僕自身が、

「自分にはこれだけの能力があります」

と評価して、自分で付けた名称ではありません。

僕がどこで何を学び、どのような専門教育を修め、何を授与されたのかという、経歴上の事実です。

ここが「第一人者」とは決定的に違います。

簡単に言えば、

「第一人者」=周囲から与えられる評価の言葉。

「ディプロマーシュ」=専門教育を受け、その課程や審査を経たことに基づく経歴。

この二つは、「どちらが上か」「どちらが偉いか」と比較するようなものではありません。

そもそも種類の違う言葉なのです。

たとえば、大学を卒業した人が「○○大学を卒業しました」とプロフィールに記載しても、それは自分で自分を評価しているわけではありません。

博士号を取得した研究者が、その事実をプロフィールに記載することも同じです。

第三者である教育機関によって、一定の教育や審査を経た結果として与えられたものだからです。

僕にとってディプロマも同じです。

だから僕は、専門教育を受けてディプロマを授与された事実は、演奏家としての経歴に明記します。

しかし、それと自分自身を「第一人者」と評価することは、まったく別のことだと考えています。


「日本で最初」と「第一人者」も同じではない

珍しい楽器の世界では、

「日本で最初に演奏した」

「日本で最初に紹介した」

ということが、そのまま「第一人者」という表現につながってしまうことがあります。

でも僕は、そこにも慎重でありたいと思っています。

仮に誰より早くその楽器を始めたとしても、

早く始めたことと、その分野を専門的に究めたことは同義ではありません。

その楽器をどこで、誰から、どのように学んだのか。

どのようなレパートリーに取り組んできたのか。

楽器の歴史や構造、奏法、その背景にある文化についてどれほど学んできたのか。

作曲家、指揮者、オーケストラ、ほかの演奏家たちと、どのような仕事を積み重ねてきたのか。

そして、その経験を次の世代へどのように伝えていくのか。

専門家として問われるものは、単に「誰が最初だったか」だけではないと思うのです。


音楽には必ず、自分より前を歩いた人がいる

僕が特に大切にしたいのは、先人への敬意です。

どんなに珍しい楽器であっても、ある日突然、自分のところからその楽器の歴史が始まったわけではありません。

僕にも先生がいます。

その先生にも先生がいます。

楽器を作り、改良してきた人たちがいます。

演奏技術を築いてきた人たちがいます。

作品を書いてきた作曲家たちがいます。

そして、その楽器が育ってきた国や地域には、長い音楽文化があります。

そうした歴史の中に自分を置いて考えれば考えるほど、

「自分こそが第一人者だ」

という発想から、僕はむしろ遠ざかっていきます。

専門的に学べば学ぶほど、自分より前に積み重ねられてきたものの大きさが見えてくるからです。


「聖地」という言葉に感じる違和感と、少し似ている

僕が以前から「聖地」という言葉について感じている違和感とも、これはどこか通じています。

自分が営業している場所を、自分自身で、

「ここがこの分野の聖地です」

と宣言する。

自分自身について、

「私がこの分野の第一人者です」

と宣言する。

僕には、どちらも少し不思議に感じられます。

「聖地」も「第一人者」も、自分で大きな看板を掲げた瞬間に成立するものではないと思うからです。

長い時間の中で人が集まり、文化が育ち、実績が積み重なり、周囲の人たちがそこに価値を認める。

その結果として、いつしかそう呼ばれるようになる。

少なくとも僕は、そういう言葉であってほしいと思っています。


「第一人者」と呼ばれることより大切なこと

僕はこれまで、ツィンバロンとともに長い時間を過ごしてきました。

海外で専門的に学び、国際コンクールや音楽祭に参加し、さまざまなオーケストラや音楽家と共演し、現代作品にも取り組んできました。

それでも、

「だから僕は第一人者だ」

とは思いません。

むしろ経験を重ねれば重ねるほど、

まだ知らないことがある。
まだ勉強しなくてはいけないことがある。
まだ良い演奏ができるはずだ。

と思います。

もし誰かが僕を「第一人者」と呼んでくださるのであれば、僕が考えるべきことは、その呼称を自分の看板にすることではありません。

「自分は、その言葉に恥じない仕事をしているだろうか」

と考えることです。

第一人者と呼ばれることより、第一人者と呼ばれても恥ずかしくない演奏活動をすること。

肩書きを大きくすることより、自分の音楽を深くすること。

そして、その楽器と、それを育んできた文化に対して誠実であり続けること。

僕にとって大切なのは、そちらです。


「ディプロマ」は、僕個人の「名誉」のためにあるのではない

そして、もう一つ。

これは今だからこそ、きちんと書いておきたいと思います。

僕が取得したツィンバロンのディプロマについて、それを僕個人の「名誉」や、誰かに優越性を示すための肩書きであるかのように受け取られることがあります。

しかし、僕自身はそのように考えたことはありません。

僕にとってディプロマとは、誰かに自慢するための勲章ではありません。

ハンガリー政府給費留学生として学ぶ機会をいただき、現地の先生方から専門教育を受け、その後スロバキアでも研鑽を重ね、教育課程と審査を経て授与されたものです。

そこへ至るまでには、僕一人の力だけではなく、教育機関、先生方、演奏家、作曲家をはじめ、本当に多くの方々の協力がありました。

国家による留学制度の支援も、その一つです。

だから僕は、ディプロマを単なる「僕個人の名誉」として扱うことには違和感があります。

それは僕が専門家としてどのような教育を受け、何を学んできたのかを示す経歴であると同時に、そこに関わってくださった多くの方々との時間の積み重ねでもあるからです。


そして、7月に起きたこと

残念ながら、その「名誉」という言葉に関して、僕自身が到底看過することのできない出来事が7月にありました。

僕に対して「名誉が汚れる」といった内容を含むメールが送られ、その後、SNS上でも僕の実名や楽器名が記載されるということがありました。

さらに、そのような投稿がなされた後には、僕とは面識のない方からも、僕のSNSに攻撃的なコメントが寄せられることがありました。

僕にとって大変迷惑なことであったことはもちろんですが、僕が特につらく感じたのは、普段から僕の演奏活動や日々の投稿を楽しみに見てくださっている方々まで、そのような攻撃的な言葉を目にすることになってしまったことです。

SNSは、僕にとって演奏活動を伝えたり、ツィンバロンという楽器やその文化を紹介したり、コンサートを通して出会った皆さんと交流したりする大切な場所です。

そこに突然、こうした攻撃的な言葉が持ち込まれれば、僕だけの問題では済みません。

何の関係もない方々まで巻き込み、僕のSNSを訪れてくださる皆さんにも、非常に不快な思いをさせることになります。

そのことについても、僕は大変残念に思っています。

僕には、その背景にある相手の感情や意図を断定することはできません。

しかし、僕が長い年月をかけて専門教育を受け、多くの方々の協力のもとで築いてきた活動に対して、このような形で言葉を向けられ、さらにその後、僕とは面識のない人からまで攻撃的なコメントが寄せられたことを、僕は非常に重く受け止めています。

これは単に、

「僕のプライドが傷ついた」

という話ではありません。

専門教育を経て得た経歴を尊重することは、それを授与した教育機関や、指導してくださった先生方、支えてくださった方々への敬意にもつながると、僕は考えています。

そして、自分の実名や専門とする楽器の名称がSNS上に記載され、その後、自分とは面識のない人からまで攻撃的な言葉を向けられるということを、僕は決して軽い問題だとは考えていません。

だからこそ、この件について曖昧に済ませるつもりはありません。

現在、この件については警察に相談し、対応していただいています。

したがって、僕自身がSNSやブログ上で相手と争ったり、報復したりするつもりはありません。

今後については、警察、そして必要に応じて司法の判断に委ねたいと思っています。

ただし、

「もういいことにしよう」
「なかったことにしよう」

という意味で許すつもりもありません。

感情によって相手を攻撃することと、起きたことについて正当な手続きの中で責任を求めることは、まったく別のことだと思っています。

僕は後者を選びます。

そして僕自身は、これまで通り演奏を続け、ツィンバロンについて発信し、自分の仕事を一つひとつ積み重ねていきたいと思っています。


最後に

「第一人者」は、自分で決めるものではない。

「ディプロマーシュ」は、自分を大きく見せるために名乗る言葉ではなく、僕が専門教育の中で歩んできた経歴を示すもの。

この二つは、まったく違います。

そして結局、音楽家にとって一番大切なのは、どんな肩書きを掲げたかではないと思います。

どんな演奏をしてきたのか。
どんな仕事を残したのか。
どれだけ学び続けてきたのか。
その楽器と、それを育んできた文化に対して、どれだけ誠実であったのか。

肩書きを競うことより、学ぶこと。

自分を大きく見せることより、良い仕事を残すこと。

誰かの経歴を傷つけようとすることより、自分自身の音楽を深めること。

僕はこれからも、そちらに時間を使いたいと思っています。

「第一人者」と呼ばれることより、その言葉に恥じない仕事のできる音楽家でありたい。

長い間この楽器と向き合ってきた今、僕はそんなふうに考えています。

2026年09月22日

根っこのないものに花は咲かない

庭のサルスベリが、まだ白い花を咲かせています。

もう9月も後半。松江市内で見かけるサルスベリは、とっくに花を終えたものが多いのに、わが家のサルスベリにはまだ花が残り、蕾までついています。


毎年少しずつ大きくなっていく木を眺めながら、ふと、昔から生徒たちに何度も話してきた言葉を思い出しました。

「根っこのないものに花は咲かない。」

これは、僕が教育者としてずっと大切にしてきた言葉です。

僕が専門学校で教えていた頃、若い生徒たちによくこんな話をしていました。

若いうちは、花を咲かせることばかり考えなくていい。
まずは根を伸ばしなさい、と。

しかも、音楽の根だけを伸ばす必要なんてありません。

いろんなことに興味を持って、いろんな人に出会って、いろんなことを体験してみればいい。どんな方向に伸びた根だっていいんです。

たくさんの根を張っていけば、その一本一本がいつか自分自身を支えてくれる。そして、人とは違う根の張り方こそが、その人の個性になると僕は思っています。

あるとき、一人の生徒が嬉しそうに僕のところへやって来ました。

「先生。俺ね、バイト先で魚が三枚におろせるようになったんすよ」

本当に自信満々でした(笑)。

僕は、

「それはよかったね~!! 魚が三枚におろせるミュージシャン、カッコいいじゃん」

と言いました。

すると、とても嬉しそうな顔をしていました。

僕は、それでいいと思うんです。

魚を三枚におろせることが、明日の演奏を突然上手にしてくれるわけではありません。

でも、「できなかったことができるようになった」という経験は、その人の中に一本の根を伸ばしてくれる。

料理でもいい。スポーツでもいい。旅でもいい。音楽とはまったく関係のない仕事だっていい。

その時には何の役に立つのか分からなくても、いつかその根が自分を支えてくれる日が来るかもしれません。

だから僕は、ときには生徒たちに厳しく、こんなことも言いました。

「根っこも育てないのに、花ばかり咲かせようとするなら、造花でも飾っときな。」

造花なら、最初からきれいに咲いています。
水もいらない。土もいらない。根も必要ありません。

でも、本物の花は違います。

土の中で根を伸ばし、やがて芽を出す。
蕾が少しずつ大きくなって、ある日、花を開く。

そして――

「花は、いつか枯れるからいいんだよ。」

僕はそんなことも生徒たちに話してきました。

いつまでも満開の花なんてありません。

どんなに美しく咲いた花にも、やがて終わる時が来る。それは悲しいことでも、失敗でもない。

本物の花は、花を咲かせたあとに実をつけます。

「その実こそが、自分のやってきたことの証明なんだよ。」

そして実の中には、次の命につながる種があります。

もう一つ、大切にしてきた言葉があります。

「立派な根っこさえ張っておけば、たとえ一度枯れても、また次の年に芽が出るんだよ。」

人生だって、音楽だって、いつも花が咲いているわけではありません。

思うようにいかない時もある。
立ち止まる時もある。
自分では、もう枯れてしまったように感じる時だってあるでしょう。

それでも、目に見えないところにしっかりと根が残っていれば、また芽を出すことができる。

だから僕は、若い生徒たちに「早く花を咲かせなさい」とは言いたくありませんでした。

今は根を伸ばしなさい。

いろんな方向へ伸ばしていい。
寄り道したっていい。

その根が、いつか自分だけの花を咲かせるための力になるのだから。

そして、その花がいつか実をつけ、そこから生まれた種が、またどこかで新しい根を張ってくれたなら――。

教えるということは、もしかすると、自分と同じ花を咲かせる人をつくることではなく、その人が自分自身の根を張り、自分自身の花を咲かせられるようにすることなのかもしれません。

今も庭で咲いている、わが家の白いサルスベリ。

今年もきっと、目には見えない土の中で、しっかりと根を張っているのでしょう。

「根っこのないものに花は咲かない。」

これは、僕が教育者として生徒たちに伝えてきた言葉です。

そして今になって思います。

この言葉は、生徒たちだけに伝えてきた言葉ではなく、
もしかすると僕自身も、これから何度も思い出していく言葉なのかもしれません。

2026年09月21日
» 続きを読む