夏の終わりのバラトン湖
このところ眠れず、夜中に昔の写真を見ていたら、懐かしい景色が出てきました。
ハンガリーのバラトン湖です。
この写真を撮ったのは、バラトン湖に突き出した半島にあるティハニという小さな街(村)。
僕はハンガリー留学中、ELTEバルトーク合唱団(Eötvös Loránd Tudományegyetem Bartók Béla Énekkara)の団員としてテノールパートを歌っていました。
そして毎年、夏の終わりになると、合唱団のコンサートでティハニを訪れていました。
僕は、この場所から眺めるバラトン湖が大好きでした。
夏の終わりの湖はとても静かです。
空と湖の境目がわからなくなるような淡い色の中を、船がゆっくりと進んでいく。
毎年ティハニへ来るたびに、この景色を見るのを楽しみにしていました。
ハンガリーには海がありません。
でも、広いバラトン湖をこうして高いところから眺めていると、まるで海を見ているようでした。
僕のハンガリー留学というと、どうしてもツィンバロンの勉強や演奏のことが中心になります。
でも、以前にも少し書いたように、僕の留学生活にはもう一つ、合唱という世界がありました。
ELTEバルトーク合唱団では、ハンガリーの作品だけでなく、さまざまな時代、さまざまな国の作品を歌いました。
演奏旅行にも出かけました。
夏や冬には合宿もありました。
そして、たくさんの仲間ができました。
音楽院でツィンバロンを勉強している時間と同じくらい、みんなと歌い、旅をして、食事をして、笑っていた時間も、今の僕を作ってくれた大切な時間だったと思います。
ティハニも、そんな場所のひとつでした。
コンサートで訪れる場所なのに、僕が今でも強く覚えているのは、本番のことだけではありません。
毎年見た、このバラトン湖の景色です。
あれから20年以上が経ちました。
写真を見ていると、湖を眺めていた頃の自分や、一緒に歌っていた仲間たちのことを次々と思い出します。
今は、なかなか眠れない日が続いています。
まだ楽器の前に座ることもできません。
真横には、いつものツィンバロンがあります。
弾きたい気持ちはあるのですが、今はまだ身体がそこまでついてきてくれません。
そんな中で昔の写真を眺めていると、不思議と忘れていた景色や匂い、人の顔、食べたものまで、ひとつずつ戻ってきます。
今日、この写真を見つけたとき、
「ああ、毎年この景色を見るのが楽しみだったなぁ」
と思いました。
それだけで、少しだけ昔の自分に会えたような気がしました。
夏の終わりのバラトン湖。
今年の夏も、もう終わろうとしています。
今はまだ、できないことがたくさんあります。
それでも、こうして文章を書くことはできます。
昔のことを思い出すこともできます。
だから今日は、この大好きだった景色を残しておこうと思います。
そして今日も、僕はここにいます。