斉藤浩のブログ

ツィンバロン奏者 斉藤浩のブログです。日々のことを少しずつ書いています。コンサート情報や、感想なども。

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ヴィシェグラードの絶景と、山の中で迷子になったあの大冒険

松江は、秋らしい気持ちのよい3連休でした。皆さんは、どんなふうに過ごされましたか?

この季節になると、ふと思い出す懐かしい出来事があります。今から25年前、僕がハンガリーに留学したばかりのころの、ちょっぴりハラハラする思い出です。

当時、僕は「ELTEバルトーク混声合唱団」に入団したばかり。これは、合唱団のメンバーとして初めて参加した合宿での出来事です。


練習の合間、昼食後の休憩時間に、
「みんなでヴィシェグラード城まで登ってみよう!」
という話になりました。

ヴィシェグラード(Visegrád)は、ブダペストから北へ約40キロ、ドナウ川が大きく曲がる「ドナウ・ベンド」に位置する歴史ある町。かつてハンガリー王の宮廷が置かれ、高台には中世の城塞がそびえています。

何より素晴らしいのが、そこから眺める景色。山々の間をゆったりと流れ、大きく向きを変えるドナウ川を一望できるのです。

ちょうど、今日のような秋晴れの日でした。

心地よい風に吹かれながら、眼下に広がる大パノラマを眺めていると、まるで中世にタイムスリップしたような気分に。留学したばかりの僕には、見るものすべてが新鮮で、本当に気持ちのよい時間でした。

……ところが、ここからが「大冒険」の始まりです(笑)。

景色を楽しんだ団員たちは、この辺りに慣れているのか、足早に山を下り、合宿所へ戻っていきました。

一方、僕たちは友達同士でダベりながら、のんびり散歩気分。気がつけば、すっかりみんなに後れをとっていました。

そんな時、友達の一人が自信満々に言ったのです。

「こっちの道の方が、絶対に近道だって!」

その言葉を信じて歩き始めたのですが、進むにつれて、何だか様子がおかしい。とうとう道が分からなくなり、僕たちは木々の生い茂る山の中で迷子になってしまいました。

留学したばかりで、土地勘もなく、ハンガリー語もまだ十分には分からないころ。さっきまでのロマンチックな気分はどこへやら、内心はハラハラ…。

仲間たちと励まし合いながら、木の枝をかき分け、何とか斜面を下っていきました。

幸い、途中で元の登山道にたどり着くことができ、無事に合宿所へ帰ることができました。あの時は、マジでほっとしました!

今振り返ると、城から眺めたドナウ川の絶景と同じくらい、あの山の中での「大冒険」が心に残っています。

その時は必死だった出来事も、25年たつと、懐かしく笑って話せる思い出になるものなんですね…。

秋の風を感じるたびに、あの日の景色と、仲間たちと過ごした時間がよみがえります。僕のハンガリー留学が始まったころの、大切な思い出の一つです。

2026年10月12日

ハンガリー革命から70年―ベートーヴェン《エグモント序曲》に込めた想い

今年2026年は、1956年のハンガリー革命から70年という節目の年です。

先日、この記念の年に思いを寄せて、ハンガリー国旗を背景にした写真をFacebookのストーリーズに投稿しました。

その際、BGMに選んだのは、ベートーヴェンの《エグモント序曲》。

すると、ある方からこんな質問をいただきました。

「ハンガリーの記念日なのに、どうしてベートーヴェン?(笑)」

確かに、ハンガリーにはリストやバルトーク、コダーイをはじめ、世界に誇る作曲家がたくさんいます。それなのに、なぜドイツ生まれのベートーヴェンなのか。

実は、この曲とハンガリーには、忘れてはならない歴史的なつながりがあるんです。

今日は、僕が《エグモント序曲》を選んだ理由と、ハンガリー革命70周年を迎えるにあたっての想いを書いてみたいと思います。

1956年ハンガリー革命から70年。ハンガリーで学んだ一人の音楽家として、歴史に思いを寄せて。


1.1956年10月23日、ハンガリーで何が起こったのか

今から70年前の1956年10月23日、ハンガリーの首都ブダペストで、学生たちを中心とした大規模なデモが始まりました。

当時のハンガリーは、第二次世界大戦後、ソビエト連邦の強い影響下に置かれ、政治的な自由が大きく制限されていました。

人々が求めたのは、自由、独立、そして自分たちの国の未来を自分たちで決めることでした。

学生たちの行動は市民へと広がり、やがて大きな革命へと発展していきます。

しかし、11月4日、ソビエト軍による大規模な軍事介入が始まり、革命は武力によって鎮圧されました。

多くの人々が命を落とし、国外へ逃れざるを得なかった人々も大勢いました。

ハンガリーでは、10月23日は現在も大切な国家の記念日となっています。

この日は、単に過去の出来事を振り返る日ではありません。

自由を求めて立ち上がった人々の勇気と、犠牲になった方々のことを忘れないための日なのです。


2.革命のラジオ放送から流れた《エグモント序曲》

さて、ここからが音楽のお話です。

1956年の革命のさなか、ブダペストのラジオ放送では、ベートーヴェンの《エグモント序曲》が繰り返し流されました。

革命による混乱の中、ラジオ局は通常どおりの放送を続けることが難しくなり、手元にあるレコードなどを使って音楽を流していたといわれています。

その中に《エグモント序曲》がありました。

この曲は、革命の期間中、特に頻繁に放送されたクラシック音楽の一つだったそうです。

当時、ラジオは人々にとって非常に重要な情報源でした。

その放送から何度も流れてきた《エグモント序曲》は、やがてハンガリー革命を象徴する音楽として、人々の記憶に刻まれていきました。

つまり、ベートーヴェンはドイツの作曲家ですが、この作品は1956年のハンガリーの歴史と深く結びついているのです。

僕が今回この曲を選んだのは、そんな理由からでした。


3.《エグモント》が描く、自由を求める人間の姿

そもそも《エグモント序曲》は、どのような作品なのか…。

ベートーヴェンは1810年、ドイツの文豪ゲーテが書いた戯曲『エグモント』のために劇音楽を作曲しました。

物語の舞台は、16世紀のネーデルラント(現在のオランダやベルギーを含む地域)。

主人公のエグモント伯爵は、スペインの支配下にあった人々の自由を守ろうとしますが、最後には捕らえられ、処刑されてしまいます。

悲劇的な結末を迎える物語ですが、それですべてが終わるわけではありません。

エグモントの死は、人々が自由を求めて立ち上がるきっかけとなっていきます。

ベートーヴェンの音楽も、この物語を見事に表現しています。

序曲の冒頭は、重苦しく、どこか息苦しさを感じさせる音楽です。

やがて激しい闘争を思わせる展開となり、悲劇的な瞬間を迎えます。

ところが、その後に響くのは、まるで暗闇を突き抜ける光のような、輝かしい音楽。

これは一般に「勝利の音楽」と呼ばれる部分です。

主人公の命は失われても、自由への願いまで消えるわけではない。

僕には、この音楽がそんなことを語りかけてくるように感じられます。

1956年のハンガリーの人々が、この作品に特別な意味を感じたとしても、不思議ではありません。


4.今回選んだ演奏にも、ちょっとした思いが

今回、ストーリーズとFacebookの投稿に使ったBGMは、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮、ウィーン交響楽団による《エグモント序曲》です。

ドホナーニは、ハンガリーにルーツを持つ指揮者です。

そして、1956年の革命が武力によって鎮圧された際、隣国オーストリアは、ハンガリーから逃れてきた多くの難民を受け入れました。

ウィーンという街は、ハンガリーの歴史とも深い関わりがあります。

もちろん、演奏者の出身やオーケストラの所在地だけで、音楽の意味が決まるわけではありません。

それでも、こうした歴史を思い浮かべながら聴くと、同じ作品でも少し違った響きに感じます。

ちなみに、ドホナーニとウィーン交響楽団には、1960年に録音された《エグモント序曲》も残されています。革命からわずか4年後の録音です。

音楽を聴くとき、作品が生まれた時代だけでなく、その音楽が後の時代にどのように受け止められたのかを考えるのも、僕にとってとても大事なことだと思っています。

そして、今回僕が選んだのは、序曲の最後に現れる、あの輝かしい「勝利の音楽」の部分でした。


5.ハンガリーで学んだこと、出会った人々

僕がハンガリーへ留学したのは、今から約25年前のことです。

目的は、ツィンバロンを学ぶことでした。

ツィンバロンは、ハンガリーをはじめ中欧で発展してきた打弦楽器です。

僕はこの楽器を専門的に学ぶため、ハンガリーへ渡りました。

でも、留学生活を通して学んだのは、演奏技術や音楽理論だけではありませんでした。

言葉も文化も違う土地で生活し、人々と出会い、その国の歴史や伝統に触れる。

そうした経験のひとつひとつが、僕の音楽家としての考え方に大きな影響を与えてくれました。

ハンガリーには、今も先生方や大切な友人や音楽仲間がいます。

留学を終えて長い年月が経った今でも、そのつながりは僕にとって大きな財産です。

そして、ツィンバロンについては、今もまだまだ勉強中です。

長く演奏していると、以前は気づかなかったことが見えてくることもあります。

音楽の奥深さを感じるたびに、あの国で学ぶ機会をいただけたことへの感謝が湧いてきます。

だから1956年のハンガリー革命は、僕にとって遠い国の出来事ではありません。
僕自身がその時代を経験したわけでもありません。

それでも、僕を育ててくれた国の歴史を知り、そこに生きた人々の思いを大切にしたいと思っています。


6.音楽は、時代と国境を越えて

ベートーヴェンが《エグモント》の音楽を書いたのは、19世紀初めのこと。

その作品が、約150年後の1956年、ハンガリーの人々にとって特別な意味を持つ音楽となりました。

そして、さらに70年が過ぎた2026年。

今度は僕が、日本からこの音楽を通してハンガリーへ思いを寄せています。

こうして考えると、音楽というものは本当に不思議です。

作曲家が生きた時代を離れ、国境を越え、まったく異なる歴史の中で、新たな意味を持つことがあります。

音楽には、国境も時代も越えて、人々の思いを伝える力がある。

僕は、そう信じています。

今回《エグモント序曲》を選んだのも、単に歴史的なつながりがあるからというだけではありません。

自由を求めて立ち上がった人々の勇気、失われた多くの命、そして未来への希望。

そんなことを思いながら、最後の輝かしいファンファーレを聴いていました。

今年は、ハンガリー革命から70年。

自由を求めて立ち上がった人々に深い敬意を表するとともに、革命で犠牲になった多くの方々に、心から哀悼の意を捧げます。

Tisztelet a hősöknek!
(英雄たちに敬意を!)


2026年10月10日

ツィンバロン奏者・松江観光大使
斉藤 浩

2026年10月10日

秋の松江へようこそ! 今日から松江市民文化祭が始まります

今日、10月10日(土)から、第30回松江市民文化祭が始まります!!

昨日は所用があり、NPO松江音楽協会の事務所がある「さんびる文化センター プラバホール」へ行ってきました。

市民文化祭の準備が進むプラバホールで。11月3日の『みずうみ』コンサートのポスターも発見!!

プラバホールは今回の市民文化祭の会場にもなっていて、館内では着々と準備が進められていました。

いよいよ始まるんだなぁと思うと、なんだかこちらまでワクワクしてきます。

しかも、この3連休の松江はお天気にも恵まれそうな予報。秋のお出かけにはぴったりです!!

音楽や舞台、さまざまな文化に親しめるこの機会に、ぜひ松江の街へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

松江観光大使の一人としても、地元の皆さんはもちろん、市外からお越しの方々にも、秋の松江をたっぷり楽しんでいただけたら嬉しいです。

さて、僕自身は今回の市民文化祭では演奏しませんが、館内でちょっと嬉しいものを発見しました。

11月3日(火・祝)に開催される「混声合唱団みずうみ 第7回演奏会」のポスター!!

実はこの演奏会で、僕も久しぶりにプラバホールのステージに立ちます。

自分が出演する演奏会のポスターがこうして掲示されているのを見ると、やっぱり嬉しくなります。

思わず記念写真を撮ってしまいました(笑)

まずは今日から始まる松江市民文化祭。秋の松江が、文化と音楽でますますにぎやかになりますように!

皆さん、どうぞ素敵な3連休をお過ごしください。

2026年10月10日

ご心配をおかけしている皆様へ―現在の状況と今後の演奏活動について

いつも僕の音楽活動を応援してくださり、本当にありがとうございます。

今年8月23日のブログで、元弟子からの執拗な嫌がらせや脅迫的なメール、SNS上での言動についてご報告しました。

その後も多くの皆様から温かいお言葉や励ましのメッセージをいただきました。なかなかお返事ができず、申し訳ありません。そして、心から感謝しています。

「これからも、皆様に安心して音楽を楽しんでいただけるように。」

今日は、その後の経過と今後の演奏活動について、皆様にご報告したいと思います。


警察からの連絡について

昨日、10月7日、松江警察署から電話があり、今回の事案について警察での捜査と書類作成が終了し、検察へ送るとの説明を受けました。

これまで警察には、脅迫的な内容を含むメールやSNS上の言動に関する記録、医師の診断書など、必要な資料を提出してきました。

今回の行為には、刑法上の脅迫罪などに関わり得る問題が含まれていると考えており、警察にも相談してきました。

もちろん、検察への送致は有罪や起訴が決まったことを意味するものではなく、今後の判断は検察に委ねられます。

それでも、警察から捜査が一つの区切りを迎えたとの連絡をいただいたことは、僕にとって大きな安心材料となりました。


今後のコンサートの安全対策について

今回の出来事では、僕自身の心身の状態だけでなく、今後のコンサートを安心して開催できるのかという問題にも向き合うことになりました。

演奏家として何より心配だったのは、主催者の皆様や、僕の演奏を楽しみに会場へ足を運んでくださるお客様に、ご迷惑やご不安をおかけしてしまうことでした。

そのため、今後の公演については、主催者や関係者と必要な情報を共有し、安全面についてもあらためて確認と準備を進めています。

具体的な警備内容については公表を控えますが、万一の事態にも適切に対応できるよう、関係者と協力してまいります。

どうか必要以上にご心配なさらず、これからのコンサートにも安心して足をお運びいただければ幸いです。

これは、僕自身だけでなく、主催者の皆様とも共有している願いです。


少しずつ、音楽のある日常へ

正直なところ、心身の状態がすっかり元に戻ったわけではありません。現在も通院と治療を続けています。

それでも昨日、松江市立古志原小学校で、約100人の5年生の皆さんに演奏とお話を届けることができました。

子どもたちの元気な声や好奇心いっぱいの眼差しに触れ、僕自身もたくさんの力をもらいました。

久しぶりの公演で身体はくたくたになりましたが、やはり僕にとって、音楽を通じて人と出会い、思いを伝える時間は、何ものにも代えがたいものです。

今月は、公的にも重要な演奏や、石川県珠洲市での震災復興支援コンサートも控えています。

これからも体調と相談しながら、一つひとつの演奏に誠実に向き合っていきたいと思っています。


最後に

今回の出来事を通して、僕は多くの方々に支えられていることを、あらためて実感しました。

心配して連絡をくださった方、食材を届けてくださった友人、仕事を通して励ましてくださった方々。そして、変わらず僕の音楽を楽しみに待っていてくださる皆様。

本当にありがとうございます。

今後の法的な手続については、関係機関に委ね、僕自身は心身の回復と演奏活動に力を注いでいきたいと思っています。

これからも、皆様に安心して音楽を楽しんでいただけるよう、心を込めて演奏してまいります。

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

2026年10月8日

ツィンバロン奏者・松江観光大使
斉藤 浩

2026年10月08日

音楽と言葉でつなぐ松江と珠洲―古志原小学校での音楽鑑賞会

今日は、松江市立古志原小学校5年生の音楽鑑賞会で演奏させていただきました。

約100人の子どもたちを前にして行った今回の授業のタイトルは、

「震災の記憶と希望を、音楽と言葉で届けるコンサート」

です。

今回持っていった楽器は、イール・ツィンバロン(ハンマーダルシマー)。

初めて間近で見る打弦楽器に、子どもたちは興味津々。まだ演奏を始める前から、あちらこちらから質問が飛んできました(笑)。

そんな元気いっぱいの子どもたちと一緒に、まずは打弦楽器のルーツをたどるところから授業をスタート。

楽器の歴史や音色を実際の演奏を交えながら紹介し、そこから、僕がこれまで続けてきた震災復興支援コンサートの話へと進みました。

今日演奏した楽器もプログラムも、僕がこれまで東日本大震災の復興支援コンサートで演奏してきたものです。

そして今回はプロジェクターをお借りして、東日本大震災直後の岩手県大船渡市の写真と、能登半島地震後の石川県珠洲市の状況を見比べてもらいました。

地震によって起こる被害は、揺れだけではありません。

津波、地盤隆起、そしてその後の豪雨による二次災害…。

二つの被災地の写真を比較しながら、自然災害が地域やそこに暮らす人々に何をもたらすのか、子どもたちと一緒に考える時間になりました。

そして、今日とても盛り上がったのが、

「なぜ松江市と珠洲市は姉妹都市なの? そのつながりはどこから始まったの?」

というお話。

これには子どもたちが、かなり食いついてきました(笑)。

鍵になるのは、美保神社に祀られているミホススミという女神のルーツです。

神話の世界をたどっていくと、松江と珠洲の間には、現代の姉妹都市交流よりもはるか昔から続く物語が見えてきます。

これは大人が聞いても「へえ~!」と思うようなお話。

「神話の時代から松江と珠洲はつながっていたんだ」という話を、子どもたちだけでなく先生方もとても興味深そうに聞いてくださいました。

そして今日の写真。

実は、この3ショットにはものすごい「縁」があります。

演奏終了後、校長先生と高校時代の同級生の先生と。30年以上の時間を越えて、不思議なご縁がつながった一枚になりました。

僕の左に写っている校長先生はピアノがご専門で、以前、一緒に演奏させていただいたことがあります。

そして僕の右に写っている先生は……

なんと、高校時代の同級生!

コンサートの時間はご自身の授業中だったそうですが、授業が終わると速攻で(笑)、コンサート会場になった教室まで来てくれました。

30年以上たっての再会です。

でも、顔を見た瞬間にすぐ誰だか分かりました。

僕くらいの年齢になると、松江のどこへ行っても同級生に出会います。

学校で先生をしていたり、地域で仕事をしていたり、それぞれの場所でみんな頑張っている。

そんな姿を見るたびに、「みんなスゴク頑張ってるなぁ…」と僕は感動します。

でも、30年以上たっても会ってしまえば基本的には高校時代と同じ(笑)。

友達って、ありがたいなぁ。

そんなことも改めて感じた一日でした。

そして、もうひとつ嬉しいことがあります。

今日授業を聴いてくれた5年生のみんなが、僕が今月ツアーへ出発するまでに、能登の皆さんへの寄せ書きを作ってくれることになりました。

子どもたちから託される言葉を、僕が大切に預かって、珠洲の皆さんのところへ届けたいと思っています。

音楽を聴くだけで終わるのではなく、松江の子どもたちの思いが能登へ届く。

今日の授業が、そんな小さな架け橋になってくれたら、とても嬉しいです。

古志原小学校5年生のみんなのパワーには、もう圧倒されっぱなしでした。

僕も負けじと頑張りました(笑)。

質問して、驚いて、笑って、そして震災や松江と珠洲のつながりについて真剣に考えてくれた子どもたち。

本当に充実した、とてもいいコンサートになりました。

古志原小学校5年生の皆さん、そして先生方、本当にありがとうございました。

今度は皆さんから託される寄せ書きを持って、僕は珠洲へ行ってきます。

2026年10月07日
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