斉藤浩のブログ

ツィンバロン奏者 斉藤浩のブログです。日々のことを少しずつ書いています。コンサート情報や、感想なども。

ブログ一覧

30年以上をともにしてきた、もうひとりの相棒

この秋は、ハンガリーのツィンバロンだけではなく、ハンマーダルシマー(Hammered Dulcimer)を演奏する機会も多くなります。

ハンガリー語では、イール・ツィンバロン(ír cimbalom)と呼ばれる楽器です。


僕は2011年から、東日本大震災をはじめとする被災地で復興支援活動を続けてきました。

その中で、このハンマーダルシマーを現地へ持って行き、たくさんの方々に聴いていただきました。

この秋の公演でも、ただ演奏するだけではなく、この楽器の音色とともに、僕が被災地で自分の目で見て、経験し、そして教えていただいたことをお話ししたいと思っています。

「震災とは何なのか」
「復興とは何なのか」

もちろん、僕にその答えが分かるわけではありません。

ただ、被災された方々が、その後どのように現実を受け止め、新しい生活へと歩いてこられたのか。その姿を間近で見てきた者として、お伝えできることはあるように思っています。

そして僕自身も、社会人になるわずか2か月前、阪神・淡路大震災で被災しました。

あの瞬間の恐怖は、30年以上が過ぎた今でも、はっきりと記憶に焼き付いています。

建物が倒壊するほどの大きな地震。その瞬間に感じる恐怖というものは、実際に経験したことがなければ、なかなか想像できないものなのかもしれません。

今年も熊本で大きな地震被害がありました。そして今でもスマートフォンから地震速報の音が鳴るたびに、「またか……」と心配になります。

だからといって、震災を経験したことのない方に、

「僕は震災を経験したんだぞ」
「僕は復興支援活動をしているんだぞ」

そんな押しつけがましい話をするつもりは、まったくありません。

むしろ伝えたいのは、その先のことです。

突然、それまで当たり前だった日常を失った人たちが、そこからどのように現実を受け止めてきたのか。僕自身も含めて、どんな思いを抱えながら、その後の時間を生きてきたのか。

それを音楽と一緒に、できるだけ分かりやすくお伝えできればと思っています。

そして、実際に被災地で演奏してきた曲も、この秋のプログラムに入れています。

僕はツィンバロンやハンマーダルシマーのような打弦楽器の響きには、不思議な力があると感じています。

「魂に響く」というのか。
それとも「魂が癒される」というのか。

金属の弦を小さなバチで打った瞬間に生まれ、空間へ静かに広がっていく響きには、言葉とは違う方法で人の心に触れる何かがあるような気がするのです。

10月に入ると、松江市内の小学校や公民館での公演が始まります。

そして10月27日には、能登半島地震で大きな被害を受けた石川県珠洲市へ向かいます。

今回の写真で弾いているハンマーダルシマーは、実は僕にとって、とても大切な楽器です。

阪神・淡路大震災で僕自身が被災した時にも、この楽器は幸い被害を免れました。

それから30年以上。

楽しい時も、大変な時も、この楽器を弾き続けてきました。そして東日本大震災の被災地にも、この楽器と一緒に何度も出かけました。

古い楽器になりました。

でも、僕にとっては単なる「楽器」ではありません。

このハンマーダルシマーもまた、30年以上を一緒に歩いてきた、僕の大切な相棒のひとりです。

この秋も、この相棒と一緒に、いろいろな場所へ音を届けに行きます。

2026年09月15日

姉妹都市・松江と珠洲。その「ご縁」を神話からたどってみる

松江市美保関地区が、9月4日、国の「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」に選定されました。

美保関は、美保神社や青石畳通りをはじめ、古くからの港町の面影が今も残る地域です。

そして、この美保関には、僕にとって今、とても気になっているもう一つの「ご縁」があります。

それが、石川県珠洲市とのつながりです。

美保関町と珠洲市は姉妹都市として交流を重ね、現在は松江市と珠洲市の交流へと受け継がれています。

僕は来月27日、能登半島地震からの復興への願いを込めたコンサートのため再び珠洲市を訪れることになっています。

その準備を進めながら、ふと思いました。

「そもそも、美保関と珠洲は、なぜこれほど深いご縁で結ばれているのだろう?」

そこで一昨日、島根県立図書館へ行ってきました。

島根県立図書館で借りてきた3冊。美保関と能登、そして出雲の神話について調べています。

郷土資料室のスタッフの方にもお手伝いいただき、今回借りてきたのが写真の3冊です。

『島根の神々』
『図説 出雲の神々と古代日本の謎』
『環日本海 謎の古代史』

こうして3冊を並べてみるだけでも、なんだかワクワクしてきます(笑)。

今回、僕が特に知りたいと思っているのは、「くにびき神話」をはじめとする出雲の神話や伝承から見た、美保関と能登とのつながりです。

神話というと、はるか昔の物語のように感じます。

けれど、地名や土地に残された伝承を一つひとつたどっていくと、日本海を隔てた島根と能登の間に、昔からさまざまなつながりが語り継がれてきたことが少しずつ見えてきます。

まだ勉強の途中なので、今の段階で「こういうことです」と結論を書くつもりはありません。

むしろ今は、本を読み比べながら、

「あれ? ここもつながるの?」

「これはどういう意味なんだろう?」

と、ひとつずつ確かめているところです。

これが、実に面白い!!

僕は今年、松江観光大使になりました。

松江の魅力を発信することはもちろん大切ですが、それ以前に、僕自身が松江のことをもっと知らなければいけないと思っています。

そして、松江と珠洲がこれからも姉妹都市として素晴らしい関係を築いていくためには、まず僕自身が、両地域がどのような歴史や「ご縁」で結ばれてきたのかを知ることから始めたい。

それも、松江観光大使として僕にできることの一つではないかと思っています。

来月、僕はツィンバロンを持って珠洲へ向かいます。

ただ演奏しに行くだけではなく、「なぜ松江から珠洲へ音楽を届けるのか」

その意味も、自分なりにきちんと理解してから訪れたいと思っています。

それにしても…

神話や伝承の世界から二つの地域の関係を少しずつ読み解いていくと、なんだかワクワク、ドキドキします。

さて、もう少し勉強してみよう!!

2026年09月14日

3年前の今日、僕は高野山にいました

ちょうど3年前の今日、僕は高野山にいました。

父が他界したあと、供養をしていただくために訪れた高野山です。

あの頃は、父がいなくなったということを、まだ自分の中でうまく受け止めきれていなかったように思います。

「3年前の高野山。父の供養、そして初めての写経。」


高野山では、普賢院というお寺に泊めていただきました。

翌朝、朝のお勤めに参加し、そのあと父の供養をしていただきました。

静かなお堂の中で手を合わせながら、いろいろなことを考えていたのを覚えています。

そして、そのあとに初めて体験したのが「写経」でした。


初めての写経は、約3時間

初めて書いたのは、般若心経。

これが、まあ時間のかかること(笑)。

一文字一文字、見本を見ながら慎重に書いていたら、全部書き終えるまでに3時間近くかかりました。

でも、不思議なんですよね。

大変だったはずなのに、嫌にはならなかった。

むしろ、ただひたすら文字を書いている時間が、とても心地よかったんです。

松江に帰ってきてから、

「父の供養のために、1年間続けよう」

と、自分で決めました。

それから毎朝5時に起きて、写経をすることが僕の日課になりました。


毎朝5時、般若心経を書く

最初は何時間もかかっていた般若心経一巻も、毎日続けていると、だんだん慣れてきます。

最終的には、だいたい1時間20分くらいで書けるようになりました。

それを約1年間、毎朝。

父の供養のために始めたことではありましたが……

まあ、途中からは完全にハマっていたんだと思います(笑)。

本当なら、硯に墨をすって、本物の筆を使って……。

そこまでできれば格好いいんですが、毎朝となるとなかなか大変なので、僕は筆ペンを使っていました。

ただ、そこは凝り性の僕で…。

日本で販売されている筆ペンメーカーのものを、ほぼ片っ端から試しました(笑)。

太さ、筆先の柔らかさ、墨の出方、紙に触れたときの感覚……。

いろいろ試していくうちに、ちゃんと、

「僕にはコレ!」

という一本も見つけました。

こうなると、もはや写経なのか筆ペン研究なのか、よく分かりません(笑)。


父のためだった写経が、自分のために

あれから3年が経ちました。

今はもう、毎朝5時に起きて写経をする生活ではありません。

でも、心がざわついたとき、気持ちが落ち着かないときには、今でも僕は写経をすることがあります。

父の供養のために始めた写経が、いつの間にか、自分自身の心を落ち着かせるための時間にもなっていました。

無心になって、ただひたすら一文字、一文字を書いていく。

そうしていると、頭の中を占領していたいろいろなことが、少しずつ遠くへ離れていくような感覚があります。

そして僕は、写経をしていると、ときどき不思議な感覚になります。

自分が抱えている悩みや心配事も、もっともっと遠くから眺めてみれば、この広い宇宙の中にある小さな出来事なのかもしれない。

広い宇宙の中にいる、ひとつの存在としての自分を取り戻せるような気持ち。

うまく説明できませんが、僕にとって写経には、そんな時間があります。


いつか、もう一度高野山へ

3年前の今日。

父の供養のために訪れた高野山で、何気なく体験した初めての写経。

まさかそれが、その後1年間も毎朝続ける習慣になり、さらに3年経った今でも、自分の心を落ち着かせてくれるものになるとは思っていませんでした。

始めたきっかけは、父でした。

でも父が残してくれたものの一つとして、今では写経そのものが僕の中に残っているような気もします。

3年前とは、僕自身もずいぶん変わりました。

いろいろなことがありました。

それでも、無心になって般若心経を書いていると、3年前の高野山で初めて筆をとったときの静かな時間を、ふと思い出します。

いつかもう一度、高野山へ行ってみたい。

今度あの場所に立ったとき、自分は何を感じるんだろう。

そんなことを、3年前の写真を眺めながら思った今日でした。

2026年09月13日

幻想的な夜の松江城 ―「水鏡 松江城」

今夜は、国宝松江城の敷地内にある興雲閣で開催された「松江観光大使交流会」に参加してきました。

松江観光大使として活動されている皆さんが集まり、松江の魅力やこれからについて交流する機会となりました。

そして交流会の最後には、今夜から始まった期間限定の特別演出、

「水鏡 松江城(SUIKYO MATSUE CASTLE)」

を見学させていただきました。

水鏡に映し出された、幻想的な夜の国宝松江城


こんな松江城を見たのは初めて

目に飛び込んできた光景に驚きました。

ライトアップされた国宝松江城。

そして、その姿が「水鏡」に映り込み、まるでもうひとつの松江城がそこに存在しているようです。

いやぁ……これは本当に幻想的でした。

僕も松江で暮らし、松江城を何度となく見てきましたが、こんな幻想的な夜の松江城を見たのは初めてです。

いつもそこにある松江城なのに、光の当て方や見る角度が変わるだけで、これほど違う表情を見せるものなのか。

ただただ、その世界に魅了されました。


秋の虫の声がBGMに

そして、もうひとつ心に残ったのが「音」でした。

もちろん演出としての音もあるのですが、その中に聞こえてくるのが、松江城の夜に鳴く秋の虫の声です。

僕は音楽家なので、どうしても「音」に耳がいってしまいます。

でも、この夜ばかりは人間が作った音だけではなく、虫の声がまるで自然のBGMのように響いていました。

光に浮かび上がる松江城を眺めながら、秋の虫の声を聴く。

これが、なんとも心にグッときます。

歴史ある国宝松江城と現代の光の演出。そして、何百年も昔からおそらくこの場所に響いていたであろう、秋の虫の声。

その三つがひとつになった空間に立っていると、不思議と時間の流れまでゆっくりになったように感じました。


夜の松江城も、いいものです

昼間の松江城はもちろん素晴らしい。

でも、ライトアップされ、闇の中に浮かび上がる夜の松江城には、昼とはまったく違った魅力があります。

松江観光大使をさせていただいていますが、今夜は僕自身がひとりの「観光客」になったような気分で松江城を眺めていました。

自分の暮らしている街に、こんな景色がある。

それを改めて感じられた夜でもありました。


「水鏡 松江城」開催情報

水鏡 松江城(SUIKYO MATSUE CASTLE)

開催期間:2026年9月11日(金)〜9月23日(水・祝)
夜間演出:18:30〜21:00(最終受付20:30)
会場:国宝松江城
入場:無料
※雨天決行

水鏡だけでなく、石段での光と音による演出やプロジェクションマッピングなど、松江城内の各所でさまざまな演出を楽しむことができます。

開催は23日まで。

松江にお住まいの方も、これから松江を訪れる方も、秋の夜に少し時間を作って足を運んでみてはいかがでしょう。

ライトアップされた夜の松江城、本当に素敵ですよ。

そしてぜひ、目で見る光景だけでなく、そこで聞こえてくる秋の虫の声にも耳を澄ませてみてください。

きっと写真だけでは伝わらない「松江の秋の夜」を感じられると思います。

2026年09月11日

満月を見ていると、音が聞こえてくる


8年前に描いた、小さな水彩画があります。

その絵をポストカードにプリントしてみました。

描いたのは、僕が両眼の手術をした後のことです。

当時は、とにかく光が眩しくて仕方がありませんでした。

外の光はもちろん、部屋の中の明るささえ辛く感じることがあって、一日中カーテンを閉め切った薄暗い部屋で過ごしていました。

当然、ツィンバロンの練習どころではありません。

まずは「光に慣れる」というところからのスタートでした。

でも、何もしないまま一日が終わると、今度は「今日も何もできなかった」という罪悪感だけが残ってしまう。

そこで、ふと思いついたんです。

「そうだ、絵を描いてみよう」

透明水彩は、子どもの頃から好きでした。

大きな絵を描くほどの元気はなかったので、ハガキくらいの小さな紙に、少しずつ色を重ねていきました。

僕の家から見えるのは、宍道湖。

だから、その頃描いていたのは、ほとんどが宍道湖の風景です。

急ぐ必要もありません。

体調のいい時に少し描いて、疲れたらやめる。

だいたい3日に1枚くらい。

そんなペースで、のんびり描いていました。

この絵を描いたのは、ちょうど十五夜の頃でした。

大きな月が宍道湖の上に浮かんでいて、水面にも淡い光が広がっている。

その記憶を、小さな紙の中に閉じ込めるように描いた一枚です。

そして今年も、あと2週間ほどで十五夜です。

2026年の十五夜 ―「中秋の名月」は、9月25日(金)。

中秋の名月とは、太陰太陽暦(旧暦)の8月15日の夜に見える月のことです。

ちなみに今年は、十五夜と満月が同じ日ではありません。

中秋の名月は9月25日。
満月になるのは9月27日。

国立天文台によると、中秋の名月と満月が2日ずれるのは少し珍しいそうです。

満月って、不思議ですよね。

じっと見ていると、

音が聞こえてくるような気がしませんか?

僕には、月の光そのものが、静かな音になって降りてくるように感じることがあります。

昔の人は、月のことを親しみを込めて「ののさま」と呼ぶことがあったそうです。

僕はこの絵を描いたあと、その言葉をタイトルにして、

「ののさま ~ツィンバロンソロのために~」

という曲を書きました。

自分で考えてみると、あの曲のイメージは、どこかドビュッシーの《月の光》に似ている気がします。

もちろん音楽そのものが似ているという意味ではなくて、

月を見ていると、そこには何も鳴っていないはずなのに、なぜか音楽が聞こえてくる。

そんな感覚です。

8年前。

両眼の手術をして、眩しい光を避けながら、薄暗い部屋の中で描いた小さな水彩画。

あの頃は、まさかこの絵から曲が生まれるとは思っていませんでした。

そして8年後。

こうしてポストカードになった自分の絵を眺めていると、絵を描いていた頃の静かな時間まで戻ってくるような気がします。

今年の十五夜。

晴れたら、久しぶりにゆっくり宍道湖の月を眺めてみよう…。

そして耳を澄ませてみようと思います。

今年の月は、どんな音がするんでしょうね。

2026年09月10日
» 続きを読む