根っこのないものに花は咲かない
庭のサルスベリが、まだ白い花を咲かせています。
もう9月も後半。松江市内で見かけるサルスベリは、とっくに花を終えたものが多いのに、わが家のサルスベリにはまだ花が残り、蕾までついています。
毎年少しずつ大きくなっていく木を眺めながら、ふと、昔から生徒たちに何度も話してきた言葉を思い出しました。
「根っこのないものに花は咲かない。」
これは、僕が教育者としてずっと大切にしてきた言葉です。
僕が専門学校で教えていた頃、若い生徒たちによくこんな話をしていました。
若いうちは、花を咲かせることばかり考えなくていい。
まずは根を伸ばしなさい、と。
しかも、音楽の根だけを伸ばす必要なんてありません。
いろんなことに興味を持って、いろんな人に出会って、いろんなことを体験してみればいい。どんな方向に伸びた根だっていいんです。
たくさんの根を張っていけば、その一本一本がいつか自分自身を支えてくれる。そして、人とは違う根の張り方こそが、その人の個性になると僕は思っています。
あるとき、一人の生徒が嬉しそうに僕のところへやって来ました。
「先生。俺ね、バイト先で魚が三枚におろせるようになったんすよ」
本当に自信満々でした(笑)。
僕は、
「それはよかったね~!! 魚が三枚におろせるミュージシャン、カッコいいじゃん」
と言いました。
すると、とても嬉しそうな顔をしていました。
僕は、それでいいと思うんです。
魚を三枚におろせることが、明日の演奏を突然上手にしてくれるわけではありません。
でも、「できなかったことができるようになった」という経験は、その人の中に一本の根を伸ばしてくれる。
料理でもいい。スポーツでもいい。旅でもいい。音楽とはまったく関係のない仕事だっていい。
その時には何の役に立つのか分からなくても、いつかその根が自分を支えてくれる日が来るかもしれません。
だから僕は、ときには生徒たちに厳しく、こんなことも言いました。
「根っこも育てないのに、花ばかり咲かせようとするなら、造花でも飾っときな。」
造花なら、最初からきれいに咲いています。
水もいらない。土もいらない。根も必要ありません。
でも、本物の花は違います。
土の中で根を伸ばし、やがて芽を出す。
蕾が少しずつ大きくなって、ある日、花を開く。
そして――
「花は、いつか枯れるからいいんだよ。」
僕はそんなことも生徒たちに話してきました。
いつまでも満開の花なんてありません。
どんなに美しく咲いた花にも、やがて終わる時が来る。それは悲しいことでも、失敗でもない。
本物の花は、花を咲かせたあとに実をつけます。
「その実こそが、自分のやってきたことの証明なんだよ。」
そして実の中には、次の命につながる種があります。
もう一つ、大切にしてきた言葉があります。
「立派な根っこさえ張っておけば、たとえ一度枯れても、また次の年に芽が出るんだよ。」
人生だって、音楽だって、いつも花が咲いているわけではありません。
思うようにいかない時もある。
立ち止まる時もある。
自分では、もう枯れてしまったように感じる時だってあるでしょう。
それでも、目に見えないところにしっかりと根が残っていれば、また芽を出すことができる。
だから僕は、若い生徒たちに「早く花を咲かせなさい」とは言いたくありませんでした。
今は根を伸ばしなさい。
いろんな方向へ伸ばしていい。
寄り道したっていい。
その根が、いつか自分だけの花を咲かせるための力になるのだから。
そして、その花がいつか実をつけ、そこから生まれた種が、またどこかで新しい根を張ってくれたなら――。
教えるということは、もしかすると、自分と同じ花を咲かせる人をつくることではなく、その人が自分自身の根を張り、自分自身の花を咲かせられるようにすることなのかもしれません。
今も庭で咲いている、わが家の白いサルスベリ。
今年もきっと、目には見えない土の中で、しっかりと根を張っているのでしょう。
「根っこのないものに花は咲かない。」
これは、僕が教育者として生徒たちに伝えてきた言葉です。
そして今になって思います。
この言葉は、生徒たちだけに伝えてきた言葉ではなく、
もしかすると僕自身も、これから何度も思い出していく言葉なのかもしれません。