ハンガリー革命から70年―ベートーヴェン《エグモント序曲》に込めた想い

今年2026年は、1956年のハンガリー革命から70年という節目の年です。

先日、この記念の年に思いを寄せて、ハンガリー国旗を背景にした写真をFacebookのストーリーズに投稿しました。

その際、BGMに選んだのは、ベートーヴェンの《エグモント序曲》。

すると、ある方からこんな質問をいただきました。

「ハンガリーの記念日なのに、どうしてベートーヴェン?(笑)」

確かに、ハンガリーにはリストやバルトーク、コダーイをはじめ、世界に誇る作曲家がたくさんいます。それなのに、なぜドイツ生まれのベートーヴェンなのか。

実は、この曲とハンガリーには、忘れてはならない歴史的なつながりがあるんです。

今日は、僕が《エグモント序曲》を選んだ理由と、ハンガリー革命70周年を迎えるにあたっての想いを書いてみたいと思います。

1956年ハンガリー革命から70年。ハンガリーで学んだ一人の音楽家として、歴史に思いを寄せて。


1.1956年10月23日、ハンガリーで何が起こったのか

今から70年前の1956年10月23日、ハンガリーの首都ブダペストで、学生たちを中心とした大規模なデモが始まりました。

当時のハンガリーは、第二次世界大戦後、ソビエト連邦の強い影響下に置かれ、政治的な自由が大きく制限されていました。

人々が求めたのは、自由、独立、そして自分たちの国の未来を自分たちで決めることでした。

学生たちの行動は市民へと広がり、やがて大きな革命へと発展していきます。

しかし、11月4日、ソビエト軍による大規模な軍事介入が始まり、革命は武力によって鎮圧されました。

多くの人々が命を落とし、国外へ逃れざるを得なかった人々も大勢いました。

ハンガリーでは、10月23日は現在も大切な国家の記念日となっています。

この日は、単に過去の出来事を振り返る日ではありません。

自由を求めて立ち上がった人々の勇気と、犠牲になった方々のことを忘れないための日なのです。


2.革命のラジオ放送から流れた《エグモント序曲》

さて、ここからが音楽のお話です。

1956年の革命のさなか、ブダペストのラジオ放送では、ベートーヴェンの《エグモント序曲》が繰り返し流されました。

革命による混乱の中、ラジオ局は通常どおりの放送を続けることが難しくなり、手元にあるレコードなどを使って音楽を流していたといわれています。

その中に《エグモント序曲》がありました。

この曲は、革命の期間中、特に頻繁に放送されたクラシック音楽の一つだったそうです。

当時、ラジオは人々にとって非常に重要な情報源でした。

その放送から何度も流れてきた《エグモント序曲》は、やがてハンガリー革命を象徴する音楽として、人々の記憶に刻まれていきました。

つまり、ベートーヴェンはドイツの作曲家ですが、この作品は1956年のハンガリーの歴史と深く結びついているのです。

僕が今回この曲を選んだのは、そんな理由からでした。


3.《エグモント》が描く、自由を求める人間の姿

そもそも《エグモント序曲》は、どのような作品なのか…。

ベートーヴェンは1810年、ドイツの文豪ゲーテが書いた戯曲『エグモント』のために劇音楽を作曲しました。

物語の舞台は、16世紀のネーデルラント(現在のオランダやベルギーを含む地域)。

主人公のエグモント伯爵は、スペインの支配下にあった人々の自由を守ろうとしますが、最後には捕らえられ、処刑されてしまいます。

悲劇的な結末を迎える物語ですが、それですべてが終わるわけではありません。

エグモントの死は、人々が自由を求めて立ち上がるきっかけとなっていきます。

ベートーヴェンの音楽も、この物語を見事に表現しています。

序曲の冒頭は、重苦しく、どこか息苦しさを感じさせる音楽です。

やがて激しい闘争を思わせる展開となり、悲劇的な瞬間を迎えます。

ところが、その後に響くのは、まるで暗闇を突き抜ける光のような、輝かしい音楽。

これは一般に「勝利の音楽」と呼ばれる部分です。

主人公の命は失われても、自由への願いまで消えるわけではない。

僕には、この音楽がそんなことを語りかけてくるように感じられます。

1956年のハンガリーの人々が、この作品に特別な意味を感じたとしても、不思議ではありません。


4.今回選んだ演奏にも、ちょっとした思いが

今回、ストーリーズとFacebookの投稿に使ったBGMは、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮、ウィーン交響楽団による《エグモント序曲》です。

ドホナーニは、ハンガリーにルーツを持つ指揮者です。

そして、1956年の革命が武力によって鎮圧された際、隣国オーストリアは、ハンガリーから逃れてきた多くの難民を受け入れました。

ウィーンという街は、ハンガリーの歴史とも深い関わりがあります。

もちろん、演奏者の出身やオーケストラの所在地だけで、音楽の意味が決まるわけではありません。

それでも、こうした歴史を思い浮かべながら聴くと、同じ作品でも少し違った響きに感じます。

ちなみに、ドホナーニとウィーン交響楽団には、1960年に録音された《エグモント序曲》も残されています。革命からわずか4年後の録音です。

音楽を聴くとき、作品が生まれた時代だけでなく、その音楽が後の時代にどのように受け止められたのかを考えるのも、僕にとってとても大事なことだと思っています。

そして、今回僕が選んだのは、序曲の最後に現れる、あの輝かしい「勝利の音楽」の部分でした。


5.ハンガリーで学んだこと、出会った人々

僕がハンガリーへ留学したのは、今から約25年前のことです。

目的は、ツィンバロンを学ぶことでした。

ツィンバロンは、ハンガリーをはじめ中欧で発展してきた打弦楽器です。

僕はこの楽器を専門的に学ぶため、ハンガリーへ渡りました。

でも、留学生活を通して学んだのは、演奏技術や音楽理論だけではありませんでした。

言葉も文化も違う土地で生活し、人々と出会い、その国の歴史や伝統に触れる。

そうした経験のひとつひとつが、僕の音楽家としての考え方に大きな影響を与えてくれました。

ハンガリーには、今も先生方や大切な友人や音楽仲間がいます。

留学を終えて長い年月が経った今でも、そのつながりは僕にとって大きな財産です。

そして、ツィンバロンについては、今もまだまだ勉強中です。

長く演奏していると、以前は気づかなかったことが見えてくることもあります。

音楽の奥深さを感じるたびに、あの国で学ぶ機会をいただけたことへの感謝が湧いてきます。

だから1956年のハンガリー革命は、僕にとって遠い国の出来事ではありません。
僕自身がその時代を経験したわけでもありません。

それでも、僕を育ててくれた国の歴史を知り、そこに生きた人々の思いを大切にしたいと思っています。


6.音楽は、時代と国境を越えて

ベートーヴェンが《エグモント》の音楽を書いたのは、19世紀初めのこと。

その作品が、約150年後の1956年、ハンガリーの人々にとって特別な意味を持つ音楽となりました。

そして、さらに70年が過ぎた2026年。

今度は僕が、日本からこの音楽を通してハンガリーへ思いを寄せています。

こうして考えると、音楽というものは本当に不思議です。

作曲家が生きた時代を離れ、国境を越え、まったく異なる歴史の中で、新たな意味を持つことがあります。

音楽には、国境も時代も越えて、人々の思いを伝える力がある。

僕は、そう信じています。

今回《エグモント序曲》を選んだのも、単に歴史的なつながりがあるからというだけではありません。

自由を求めて立ち上がった人々の勇気、失われた多くの命、そして未来への希望。

そんなことを思いながら、最後の輝かしいファンファーレを聴いていました。

今年は、ハンガリー革命から70年。

自由を求めて立ち上がった人々に深い敬意を表するとともに、革命で犠牲になった多くの方々に、心から哀悼の意を捧げます。

Tisztelet a hősöknek!
(英雄たちに敬意を!)


2026年10月10日

ツィンバロン奏者・松江観光大使
斉藤 浩

2026年10月10日