3年前の今日、僕は高野山にいました
ちょうど3年前の今日、僕は高野山にいました。
父が他界したあと、供養をしていただくために訪れた高野山です。
あの頃は、父がいなくなったということを、まだ自分の中でうまく受け止めきれていなかったように思います。
「3年前の高野山。父の供養、そして初めての写経。」
高野山では、普賢院というお寺に泊めていただきました。
翌朝、朝のお勤めに参加し、そのあと父の供養をしていただきました。
静かなお堂の中で手を合わせながら、いろいろなことを考えていたのを覚えています。
そして、そのあとに初めて体験したのが「写経」でした。
初めての写経は、約3時間
初めて書いたのは、般若心経。
これが、まあ時間のかかること(笑)。
一文字一文字、見本を見ながら慎重に書いていたら、全部書き終えるまでに3時間近くかかりました。
でも、不思議なんですよね。
大変だったはずなのに、嫌にはならなかった。
むしろ、ただひたすら文字を書いている時間が、とても心地よかったんです。
松江に帰ってきてから、
「父の供養のために、1年間続けよう」
と、自分で決めました。
それから毎朝5時に起きて、写経をすることが僕の日課になりました。
毎朝5時、般若心経を書く
最初は何時間もかかっていた般若心経一巻も、毎日続けていると、だんだん慣れてきます。
最終的には、だいたい1時間20分くらいで書けるようになりました。
それを約1年間、毎朝。
父の供養のために始めたことではありましたが……
まあ、途中からは完全にハマっていたんだと思います(笑)。
本当なら、硯に墨をすって、本物の筆を使って……。
そこまでできれば格好いいんですが、毎朝となるとなかなか大変なので、僕は筆ペンを使っていました。
ただ、そこは凝り性の僕で…。
日本で販売されている筆ペンメーカーのものを、ほぼ片っ端から試しました(笑)。
太さ、筆先の柔らかさ、墨の出方、紙に触れたときの感覚……。
いろいろ試していくうちに、ちゃんと、
「僕にはコレ!」
という一本も見つけました。
こうなると、もはや写経なのか筆ペン研究なのか、よく分かりません(笑)。
父のためだった写経が、自分のために
あれから3年が経ちました。
今はもう、毎朝5時に起きて写経をする生活ではありません。
でも、心がざわついたとき、気持ちが落ち着かないときには、今でも僕は写経をすることがあります。
父の供養のために始めた写経が、いつの間にか、自分自身の心を落ち着かせるための時間にもなっていました。
無心になって、ただひたすら一文字、一文字を書いていく。
そうしていると、頭の中を占領していたいろいろなことが、少しずつ遠くへ離れていくような感覚があります。
そして僕は、写経をしていると、ときどき不思議な感覚になります。
自分が抱えている悩みや心配事も、もっともっと遠くから眺めてみれば、この広い宇宙の中にある小さな出来事なのかもしれない。
広い宇宙の中にいる、ひとつの存在としての自分を取り戻せるような気持ち。
うまく説明できませんが、僕にとって写経には、そんな時間があります。
いつか、もう一度高野山へ
3年前の今日。
父の供養のために訪れた高野山で、何気なく体験した初めての写経。
まさかそれが、その後1年間も毎朝続ける習慣になり、さらに3年経った今でも、自分の心を落ち着かせてくれるものになるとは思っていませんでした。
始めたきっかけは、父でした。
でも父が残してくれたものの一つとして、今では写経そのものが僕の中に残っているような気もします。
3年前とは、僕自身もずいぶん変わりました。
いろいろなことがありました。
それでも、無心になって般若心経を書いていると、3年前の高野山で初めて筆をとったときの静かな時間を、ふと思い出します。
いつかもう一度、高野山へ行ってみたい。
今度あの場所に立ったとき、自分は何を感じるんだろう。
そんなことを、3年前の写真を眺めながら思った今日でした。